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自己流ジャーマンポテトで盛り上がる法

 てっきり失敗するだろうと思っていたブイヤベースが思いのほか上出来で、これですっかり味をしめたというか、次は何を作ろうかなと。そんな気持ちを抑えられない。ただ、東出昌大は猟師なので、肉を使った料理が多い、「ハクビシンリゾット」とか「鹿オムライス」とか。こういうのは、まあ、見るだけにして、おれでも作れそうなものは、となると……ジャーマンポテト? ジャーマンポテトなんて、居酒屋の定番メニューじゃん。ただ、東出昌大が具材にしているのは、自宅の農園で採れたジャガイモで、さらに鹿と猪の肉で作ったソーセージ(東出昌大はチョリソーと言っている)を繰り出してくる。なんでも「こっから車で1時間半くらいのところ」に野生動物の肉を加工してくれる業者がいるとかで、そこに頼んで作ってもらったものだそうだ。この2つの具材をオリーブオイルで茹でて炒めて……というのが東出流ジャーマンポテト。だから、居酒屋の定番メニューとは眼に浮かぶ風景からして異なる。ただ、ジャガイモだってチョリソーだってスーパーで普通に売っているものだから、おれだって作ろうと思えば作れる……と思ったところで、チョリソー? チョリソーって言うのはさ……。ウィキペディアによれば、チョリソ(ウィキペディアでは音引きのない「チョリソ」として記事化。以降、本稿でもチョリソと記載)とは「スペイン・イベリア半島発祥の豚肉の腸詰のソーセージ サルチーチャの内、パプリカやチリなどの香辛料をふんだんに含んだソーセージである」。要するに、スペイン料理、なんですよ。それを具材として使って、ジャーマンポテト? という疑問がね。

 で、そもそもジャーマンポテトとは? ということになるわけだけれど……よく「ドイツにはジャーマンポテトという料理はない」というようなことが言われる。でも、そんなのは当たり前の話で、英語ではお好み焼きのことをジャパニーズパンケーキ(Japanese pancake)と言うわけだけれど、アメリカ人が日本でジャパニーズパンケーキを頼んだって「そんな料理、日本にはない」と言われちゃいますよ。それと同じことで、ドイツでジャーマンポテトのことをジャーマンポテトと言うはずがない。ドイツでジャーマンポテトに相当する料理はブラートカルトッフェルン(Bratkartoffeln)……というようなことは、ウィキペディアの「ジャーマンポテト」の英語版を見て知りました(日本語版では、つい最近まで「ドイツにはいわゆる「ジャーマンポテト」はない」と書かれていた。一方、英語版では「ドイツではブラートカルトッフェルンと呼ばれている(In German, they are called Bratkartoffeln)」と書かれており、事実関係としてより正確なのはこちらの方でしょう)。では、そのブラートカルトッフェルンとはどのような料理なのか、ということになるわけだけれど、これについてはドイツ語版に有力な情報が記されている。1801年に当時のプロイセン王国ライン州のヴェンゲルンで生れたヘンリエッテ・ダヴィーディス(Henriette Davidis)という料理研究家がいるそうですが、1845年に出版された『日常的かつ洗練された料理のための実用的料理本(Praktisches Kochbuch für die gewöhnliche und feinere Küche)』は「昔はどの家庭にもあった」(引用元はこちらです。運営されているのは『ドイツパン大全』『ドイツ菓子図鑑』などの著書もある森本智子さんです)。で、ウィキのドイツ語版にはこの本の一節が引用されているのだが、それをGoogle翻訳にかけるとこうなる――「ブラートカルトッフェルンは、皮付きのまま茹でたてのジャガイモを揚げるまで温かい状態に保っておくのが一番です。ただし、茹でたてのジャガイモやベイクドポテトの残り物を使っても構いません。ジャガイモを薄切りにし、浅いフライパンでバターか食用油、またはベーコンと一緒に炒めます。お好みで、ジャガイモを加える直前に薄切りにした玉ねぎを溶かした油に加えても良いでしょう。ジャガイモに塩を振りかけ、焦げ付かないように優しく揺すったりかき混ぜたりしながら、薄茶色になるまで炒めます」。一読した限りでは、日本でジャーマンポテトとして供されているものとほとんど変らないのでは? だから、「ドイツにはジャーマンポテトという料理はない」のではなく、ある。あるんだけれど、ジャーマンポテトと呼ばれていないだけ。そのことが、これでハッキリしたと言っていいだろう。

 その上で、あえてブラートカルトッフェルンとジャーマンポテトの違いを指摘するならば、ヘンリエッテ・ダヴィーディスのレシピでは「浅いフライパンでバターか食用油、またはベーコンと一緒に炒めます」としている点だろうな。クラシルあたりだと、茹でたジャガイモとベーコンをオリーブオイルで炒める、というのが一般的なレシピとなっていて、ジャーマンポテトにベーコンは付き物のように思えるんだが、そのベーコンは何のためのものかと言うと、油分を得るためのもの、なんですよ。だから「浅いフライパンでバターか食用油、またはベーコンと一緒に炒めます」。つまり、ブラートカルトッフェルンにとってベーコンは必須の具材ではない、ということになる。単に、バターや食用油の代用品として使われていただけ。それが、海外に普及する過程で必須の具材であるかのように誤解され、さらにはベーコンに代えてやれソーセージだのチョリソだの――と独自進化を遂げたのが、今ある「ジャーマンポテト」なるもの……ということになると思う。しかし、この物言いたるや、いっぱしの「料理研究家」だな。ハズカシイ。

 で、おれは東出昌大がジャーマンポテトを作ると称してチョリソをぶっ込んでいることに軽ーい疑問を抱いたのだが、結論から言えば、問題ないのかな? だって、ジャーマンポテトとは本場・ドイツのブラートカルトッフェルンが海外に普及する過程で独自進化を遂げたもの、なんだから。そこに、鹿と猪の肉で作られたチョリソ(というのも、本来はおかしいんだけどね。ウィキペディアでは「豚肉の腸詰」とハッキリ言い切っているので。ただ、これも本場・スペインのチョリソが海外に普及する過程で独自進化を遂げたもの、と考えるのが筋なんだと思う。要は、違っていることを是とするか非とするか。非とした場合、その先に待ち受けているのは料理排外主義の息苦しい世界……)をぶっ込もうがどうしようが、無問題、ということになる。ただ、おれは伊藤ハムの「アルトバイエルン」にした(米久の「超あらびき辛旨チョリソー」というのも買ってきたんだけどね。でも、これはこれで頂くことにします)。というのも、こちらのサイト(運営されているのは「ドイツ生まれ、ドイツ育ち、日本熟成のフックス・シャネット」さんです)ではブラートカルトッフェルン(但し書きとして「本物のジャーマンポテト」)の材料としてソーセージを挙げた上で「アルトバイエルンがおすすめ」としているので。しかも、おれ、料理に合わせようと、中川原のやまやまで行ってドイツビールを買ってきたんだよ。買ってきたのはエッティンガー(Oettinger)のBlack Beer(その名の通りの黒ビールで、かつてはSchuvarzと呼ばれていた。ドイツ語で「黒」の意。「黒い森(シュヴァルツヴァルト)」の「ジュヴァルツ」ですね)とRadler(ビールとレモネードを1:1でブレンドしたもの)。年金生活者が、輸入ビールなんて、贅沢な……と自分でも思うんだけれど、エッティンガーというのはドイツでは格安ビールとされていて、ウィキペディアの英語版では「手頃な価格のビール(Affordable beer)」とした上で「エッティンガーはパブやバーで樽詰めで提供されることはまれで、そのほとんどはスーパーマーケットで瓶詰めで販売されている(Oettinger is rarely found on tap in pubs and bars – most of it is sold bottled in supermarkets)」。そういう家飲み用の格安ビール、なんですよ。実際、↓の2本でおいくらかと言うと、550円! そんな格安ビールメーカー・エッティンガーの醸造所があるのがバイエルン州のその名もエッティンゲン・イン・バイエルンなのだ。で、伊藤ハムの「アルトバイエルン」というのはバイエルン州に因んで付けられた商品名だから(「アルト」はドイツ語で「伝統の」「昔ながらの」という意味を持つ接頭辞とか)。だから、絶対に合うはずだと。


エッティンガーの「黒」と「ラドラー」

 かくて、東出昌大の動画にそもそもの着想を得て、独自研究も加えつつ(さらには、在日ドイツ人が伝授するレシピも参考に)、このワールドカップで盛り上がる只中(ただし、ドイツを応援しようという気はないけどね。おれは、どっちかと言うとイングランドのサッカーが好き。あの人間臭い、フィジカルの強さを前面に押し出したサッカー。イングランドではサッカーは完全に労働者階級のスポーツなので、どうしたって人間臭くなる)、年金生活者の食卓を飾ることになったジャーマンポテトa.k.a.なんちゃってブラートカルトッフェルンは↓です。


ジャガイモとソーセージのバター炒め

付記 本文に書いたこと(「違っていることを是とするか非とするか」云々)と矛盾するかも知れないんだが、とはいえ昨今の〝コト消費〟の流行を持ち出すまでもなく消費すべきストーリーへのこだわりというのはあって然るべきで……このジャーマンポテトa.k.a.なんちゃってブラートカルトッフェルンを作るに当って最後まで悩んだのは、油をどうするか、です。本文でも紹介したヘンリエッテ・ダヴィーディスのレシピでは「浅いフライパンでバターか食用油、またはベーコンと一緒に炒めます」と書かれているわけだけれど、これまた本文で紹介したフックス・シャネットさんのレシピでは油については特に記さず。代りに欄外にFAQがあって「油を使わないですか?」という問に対し「確かに、おばあちゃんはサラダ油をたくさん注いで、焼いたんじゃなくて、揚げました。肉体労働が一般的じゃなくなったので、そんなにたくさんのカロリー消費しきれない。ソーセージから出る油で十分いい焼き目が付きます」。これは、ヘンリエッテ・ダヴィーディスのレシピで言うところの「またはベーコンと一緒に炒めます」というパターンに当てはまるだろう。一方、東出昌大はどうしているかというと、オリーブオイルをたっぷり使っている。クラシルで公開されているレシピでも大体そう。で、オリーブオイルを使うかどうかってのは結構大きくて、というのも、ドイツ料理では基本的にはオリーブオイルは使わないのだ。これについては、インターネット上にもいろんなレファレンスがある。そもそも、ドイツにはオリーブの木は生えていないそうだ。だから、オリーブオイルを使った時点でそれはドイツ料理ではなくなるわけだけれど……おれが作ったのはあくまでもジャーマンポテトなので、オリーブオイルを使ったっていいだろう、と思いつつ……最終段階で、使うことを回避した。その理由は、わざわざ中川原のやまやまで行ってエッティンガーを買ってきたことをムダにしたくない、という一点。要するに、ドイツ料理をドイツビールで味わいたいと。オリーブオイルを使ってしまうと、それができなくなってしまうわけだから。さりとて、油なしというのもなあ(フックス・シャネットさんが公開している写真を見ると、ちょっとカラカラというか。飴みたいになっているんだよ)。で、ヘンリエッテ・ダヴィーディスのレシピでは「浅いフライパンでバターか食用油、またはベーコンと一緒に炒めます」とされているわけだから、だったらいの一番で記載されているバターで炒めようと。バターとジャガイモの相性の良さはじゃがバターで立証されているし。結果は大成功。かくて、ビールが進む進む……。