DMM TVで『孤狼の血 LEVEL2』を見た。もうね、前作に輪をかけて、というのか……ちょっと言葉が見つからんな。で、松坂桃李はものすごーく頑張っているとは思うんだが……どう頑張ったところで松坂桃李にはあの役はムリだよ。『狐狼の血』はともかく、『孤狼の血 LEVEL2』の日岡秀一は松坂桃李が演るべき役ではない。そもそも、トップコート(松坂桃李の所属事務所)は松坂桃李をどういう俳優に育てたいと思っているのだろう。『不能犯』の宇相吹正にしても『娼年』のに森中領にしても松坂桃李が演るような役か? その揚げ句が『孤狼の血 LEVEL2』の日岡秀一。すべてミスキャスト。それは作品にとっても俳優にとっても不幸なことだよ。その点、小栗忠順は適役だ。あの才槌頭は小栗にそっくりだもの(?)。
ところで、『孤狼の血』も『孤狼の血 LEVEL2』も柚月裕子の同名小説の映画化ですが(ただし『孤狼の血 LEVEL2』は原作シリーズでは第2作となる『凶犬の眼』の映画化ではなく、池上純哉による完全オリジナル。しかし、クレジットでは「原作 柚月裕子「孤狼の血」シリーズ(角川文庫/KADOKAWA刊)」とされている。これね、ちょっと問題があると思うけどね。ただ、柚月裕子がそれでいいのならおれなんかがとやかく言う筋合いではない。ちなみに柚月裕子は『孤狼の血 LEVEL2』にクラブのママ役で出演している。横溝正史とか高木彬光とか、その道の先達の跡を追おうというコンタンなのかな?)、それとよーく似たタイトルの小説がある。志茂田景樹が1982年に上梓した『孤狼の牙』がそれ。実在のヤクザ・菅谷政雄をモデルとする実録小説で、実録小説タッチで紡がれた『孤狼の血』シリーズとは流れているものが同じと言っていいかも知れない。また柚月裕子は終戦直後の広島を舞台にしようと考えていたそうだが、それでは歴史小説になってしまうという編集者の進言(苦言?)で暴対法施行直前の1988年の呉原市(呉市をモデルとした架空の都市)を舞台とすることになったそうだ(以上、ウィキペディア情報)。で、『孤狼の牙』はその終戦直後から物語が始まるのだ――
9月28日、倉本聰氏の訃が報じられた。報道によれば、亡くなったのは18日。だから、おれが「来年、『逆賊の幕臣』を見るために①」を書いていたときには既に亡くなっていた、ということになる。
今日(29日)になって、藤竜也の追悼コメントが発表された。スポーツ報知が報じたその内容は――「脚本は“てにをは”まで神経を使って書いているから、セリフはその通りに」と徹底した指示が出ていた。ところが「私には当時の新選組がヤンキーのように思え、演じる上でどうしても崩したかった。本人の姿が見えなかったので本番で変えてやったんですよ」。
「来年、『逆賊の幕臣』を見るために①」でおれは『勝海舟』で藤竜也が演じた土方歳三を評して――「藤竜也の土方歳三というのは、なんというのか、「土方歳三」を着崩したような感じ、とでもいうのかな」。だから、この見立ては当たっていたことになる。
テレビが茶の間に君臨した時代の名脚本家と日活ニューアクションのスクリーンを生きてきた名優の邂逅。そのハレーションとしてのヤンキーふうの土方歳三の誕生。これもまた1970年代の奇跡。
合掌。
あんだけ『勝海舟』のことを書いておいてなんなんだが……おれは勝海舟が嫌いでね。来年、『逆賊の幕臣』を見るために、と言いながら、妙に気持ちが醒めているのは、これも関係している。というのも、『逆賊の幕臣』では勝海舟役として大沢たかおがキャスティングされているので。これがなんとも悩ましいところで……。
おれは大沢たかおという俳優をリスペクトしている。『JIN-仁-』もさることながら、この人は『火怨・北の英雄 アテルイ伝』でアテルイをやってくれた人だから。リスペクトするのは当然。で、そんな大沢たかおが勝海舟を演じるわけだけど……大沢たかおが演じる以上、勝海舟が悪く描かれる可能性は、まあ、ないでしょう。実際、NHKの公式サイトでも「主人公・小栗と最も対極にいながら最も理解し合ったライバル」――と、その認識はどうかなあ……。おれは、勝海舟という男を「○○の風上にも置けない男」だと思っている。○○には「武士」を入れてくれてもいいし「人臣」を入れてくれてもいい。とにかく、「○○の風上にも置けない男」。それは、彼が単に幕臣から明治新政府の大臣――言うならば「朝臣」へと見事な変わり身を見せたことだけを理由としているわけではない。それだけならば、よしとしよう。そういう幕臣は他にもいるので。おれが勝という男を許せないのは、この男が幕臣から朝臣に立場を変えるに当たって、その「変節」を正当化するためか、やたらとかつての同僚の悪口を言っていることにある。いや、それどころか、この男は人に罪を着せるようなことをも平気で言っているのだ。しかも、それは、NHKが「最も理解し合ったライバル」としている小栗忠順にも向けられていて、ここは木屋隆安著『「日本史」異議あり!』(泰流社)より引くなら――
まずは今年の大河について一つだけ書いておこう。おれはね、史実を外しているとかどーとかというよりも、死をファンタジーとしてしか描けない時点でこの大河は見るに値しないと。それを特に強く感じたのは第23話の「さらば半兵衛」で、人が自らの死をあんなにコントロールできるものかってんだ。もしかしたら八津弘幸という人は身近な人の死に遭遇したことがないのでは? だから、死というものをリアリティを以て思い描くことができない。それが、お市が浅井長政を介錯した第17話「小谷落城」にも繋がったし、おれは見ていないんだが、柴田勝家とお市が手に手をとって投身自殺をした(らしい)第33話「北庄城の別れ」にも繋がったんだろう。これをね、バッサリと斬り捨てるための手立てとしてこんな言い方をしよう――かの山本周五郎は『赤ひげ診療譚』の第2話「駆込み訴え」で新出去定にこう言わしめた――「人間の一生で、臨終ほど荘厳なものはない、それをよく見ておけ」。八津弘幸という人は、『豊臣兄弟!』というドラマで、徹頭徹尾、「それ」から目を逸らし続けた……。まあ、これで、バッサリと行けたでしょう。ともあれ、死をファンタジーとしてしか描けない大河は見るに値しない。
わが家の近所にも店舗がある食品スーパーのアルビスがライフコーポレーションのTOBを受けることになったということで、なにかとね。きっと社内ではさまざまな思惑が交錯していることでしょうが、サラリーマン生活とは縁のないおれにはいまいちそこがピンと来ないところで……。
いつか、(他に読むものがなくなったとき)、読んでみてもいいかな、と思っていた源氏鶏太の幽霊ものを読んだ(でいる)。源氏鶏太と言えば、いわゆる「サラリーマン小説」の第一人者で、おれなんかとは、本当に縁遠い作家ではあるんだが、ウィキペディアにも書かれているように「1970年頃からは、従来のユーモア物に物足りなさを感じてブラック・ユーモアを志向し、会社内に恨みをもったサラリーマン幽霊が現れる小説など「幽霊もの」「妖怪もの」を多く発表した」。これが、オモシロイと思ってね。というのも、幽霊というのは、言うならば敗者なんですよ。勝者が幽霊になるということは、まあ、ない。幽霊になるのは、決まって敗者。で、源氏鶏太という人は、ずーっと勝者を描いてきたわけですよね。なにしろ、ペンネームからして源氏だから。ウィキペディアによれば「平家より源氏が好きなこと」が源氏という風変わりなペンネームの由来だそうですが、平家についてまわるあの陰々滅々としたところが嫌いなのかな? あるいは、もっと単純に、歴史の敗者である平家よりも勝者である源氏にあやかりたかった? ところが、そんな源氏鶏太が「幽霊もの」「妖怪もの」にシフトした、ということは、敗者を描き始めた、ということであり、言うならば彼なりの『平家物語』を奏で始めた、ということになる。これは、オモシロイ。「サラリーマン小説」は、事実上、源氏鶏太が創始したと言っていいと思うけれど(ただし、おれは読んだことがないんだけれど、日本におけるユーモア小説の先駆けとされる佐々木邦という作家がいて、「佐々木邦の小説は、サラリーマンの幸福をねらったものが多い」とした上で、「源氏鶏太が佐々木邦の後継者ということになろうか」とする評価もある。詳しくは、こちらをお読み下さい)、「会社内に恨みをもったサラリーマン幽霊が現れる」というのも怪奇小説としては前例がないはずで、この点でも源氏鶏太は新ジャンルを創始した、と言っていいのではないか? でも、出ておかしくないよなあ、会社に、幽霊が。そう言えば、アルビスでは、先年、ちょっとしたお家騒動があってね。前社長が取締役会で解任され、現社長がその後任となった、というね。で、前社長は解任決議を無効であるとして裁判を起こした(調べたところ、2019年4月、棄却となったそうです)。どういう理由があったにせよ、前社長の立場からすれば、承服はしがたいでしょう(なんでも、緊急動議には社長を除く6人の取締役の内、4人が賛成し、2人が反対したとか。この票差からしたって、とても承服できるものではないでしょう)。はたして、その後、どうお過ごしなのかは知る由もありませんが、客観的に見て、死後、幽霊になる資格は十分というか……。
それにしても、ケーブルテレビ富山はスゴイことをやっているなあ。風の盆の町流しを生中継しているよ……。
「先駆者の栄光〜島内透の北村樟一シリーズ3部作〜」を書いたのは2020年10月のこと。島内透とのつきあいは、それ以来ということになる。まあ、長いと言えば長いし、短いと言えば短い。いや、生島治郎や河野典生とのつきあいは十代の頃からなんだから、2020年10月以来なんて、須臾みたいなものかな。ただ、おれはウィキペディアにページも作成しているので。この作家に対するこだわりは人後に落ちないつもり。と言いながら、おれは「ワタシだけの『日本ハードボイルド全集』」から島内透を外しているんだけどね。入れるんならば『白いめまい』だろうと思ってはいたんだが、他のメンツと比べてネームヴァリューで劣るというのが一つ。あと「先駆者の栄光〜島内透の北村樟一シリーズ3部作〜」でも書いたように、北村樟一シリーズはハードボイルドではなくソフトボイルドだろう、というのがあって、まあ、これが決め手にはなったかな。ただ、一口に北村樟一シリーズとは言ったって、最初の2作(『悪との契約』と『白いめまい』)と最後の1作(『白昼の曲がり角』)では全然タッチが違う。最後の1作は十分にハードボイルドと言っていい。しかも、出来も悪くない。まあ、タイトルにも採用された「曲がり角」云々が全く余計で(これについては大井廣介も『紙上殺人現場:からくちミステリ年評』で指摘していて「「曲がり角」「曲がり角」と、「曲がり角」に少々こだわりすぎるよ」)、これさえなかったらもしかしたらわが国ハードボイルドの草創期を代表する傑作になっていたかも知れない……と思わせるような作品で。だったら、(「曲がり角」の件には目を瞑って)『白昼の曲がり角』を押し込む、という選択肢もあった? いや、それはない。だって、最初の2作とタッチが違いすぎるもの。で、最初の2作を差し置いて第3作を押し込むというのは……。だから、どうしたって外すしかなかったかな。
生島治郎について書いた流れで、先週、泉町にある「源氏鶏太文学碑」を見に行ってきたことを書こうか。なぜ生島治郎について書いた流れで「源氏鶏太文学碑」を見に行ってきたことを書くことになるのか? それについてはおいおい説明するとして……
泉町も――「も」とは、こちらの記事を踏まえたものです――おれが通っていた富山市立東部中学校の校区に含まれており、親しい友人が住んでいたこともあって、それなりの土地勘もおれにはある。そして、その某所(いたち川の畔)に「源氏鶏太文学碑」なるものがあることもかねてより知ってはいた。しかし、訪ねたことはなかったし、訪ねようと思ったこともなかった。そもそも、読んだことがないし。いや、かつてペーパーバック屋をやっていた頃にこの人の書いた「英語屋さん」をネタにブログ記事を書いたことがあって、それは今でもアーカイヴとして残してある(こちらです)。だから、全く読んだことがないわけではないんだが……ただ、なんたってこの人は「サラリーマン小説」の第一人者だから。おれのような無頼漢とは住む世界が違う。だから、読まないのは当然というか、読んでいたとしたら、むしろ、ヘン。ただ、最近になって知ったんだが、この人は作家キャリアの後半にはそれまでとは相当に毛色の異なるものを書きはじめたそうで……
言っとくが、おれは河野典生を読むよ、これからも。それから、生島治郎も読む――、そう宣言(?)した通り、生島治郎を読んでいる。読んでいるのは、久須見健三シリーズの内、雑誌に発表されたきりになっているもので、全部で何編あるのかは不明ですが、当の生島治郎は1976年に読売新聞社から刊行された『自選傑作短篇集』巻末の「私の推理小説作法」で「この主人公を登場させた中篇シリーズを十数篇書いている」と明かしており、その内、本になっているのは、おそらくは6編(『死はひそやかに歩く』所収の4篇と『熱い風、乾いた恋』所収の2篇)。残りが雑誌に発表されたきり、ということになるわけで、10+𝒳−6だから……いずれにしたって、結構な数、ではあるよね。で、こんなことを思うにつけても、久須見健三シリーズというのは、つくづく、不幸なシリーズだなあ、と。「男か? 熊か?」でも書いたように、久須見健三シリーズはある種の〝焚書〟の対象になってきたという現実がある。1984年、旺文社は生島治郎の短編集3冊を文庫化するに当たって久須見健三シリーズに属する作品を(1編を残して)削除した。その理由は、作中に含まれる「びっこ」「かたわ」「唖」などのかつては普通に使われていた言葉(ただし、おれの小学校時代の同級生に足の不自由な子がいて、当然のことながら綽名は「びっこ」だった。で、おれが彼を「びっこ」と呼んだら、先生から注意された、という記憶がある。多分、3、4年生ころのことだと思うので、1967、8年。奇しくも「淋しがりやのキング」(『別冊文藝春秋』1967年9月号)や「死にゆくもののために」(『オール読物』1968年6月号)が書かれたころ。その当時、既に「びっこ」を使用を控えるべき言葉とする価値観が台頭しはじめていた、ということだと思う。でも、まだ社会に定着するには至っていなかった――、そういう認識で間違いないだろう)が1980年代という時代の価値観にそぐわなかった、というのがおれが「男か? 熊か?」で披瀝した仮説ではあるんだが……
話がリドル・ストーリーに及んだからには、やはりあの問題作(?)を避けて通ることはできないだろう。それは、河野典生の「ゴウイング・マイ・ウェイ」。河野典生のデビュー作であります。ハードボイルド作家のデビュー作がリドル・ストーリーである、というのは、かなり意外ではあるんだけれど、河野典生は1973年に刊行された角川文庫版『陽光の下、若者は死ぬ』の「年譜風あとがき」でこの小説について「リドル・ストーリー(結末がどちらともとれる小説)」と説明しており、明確にリドル・ストーリーを意図して書かれたものであることが裏付けられる。しかも、書かれたのは中村能三訳「女か熊か」が『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』に掲載された翌年(1959年)なんだから。「女か熊か」に触発されて書かれた、と見て間違いないでしょう。で、この河野典生版リドル・ストーリーなんだけどね……難しくってねえ。正直、おれは、いまでも分析し切れていない。だから、自信を以て書けないところがあって、これまでおれはこのブログでも触れたことがなかった。まあ、避けてきた、というのが、本当のところです。
暑い。とにかく、暑い。あまりに暑くて、アタマがヘンになりそうだ……
かつて旺文社から刊行されていた旺文社文庫はどういうわけかハードボイルドにすこぶる熱心で、生島治郎の本が8冊も出ていた。で、この8冊の内、2冊(『冷たいのがお好き』と『逆転』)は旺文社の独自編集で、残る6冊は既存の短編集の文庫化だった。ただし、そのすべてが既存の短編集をそのまま文庫化したものではなかった。中には収録作品の異同があるものがあったし、書籍タイトルが異なるものもあった。収録作品に異同があり、書籍タイトルが異なればもう別の短編集のようなものだが……ともあれ、かつて旺文社文庫からは生島治郎の本が8冊も出ていた。もっとも、旺文社文庫で生島治郎を読んだって人がどれくらいいるものか? 旺文社といえば、誰もが学生時代にお世話になった出版社のはずで、つまりは学習参考書の出版社ですよ。そんな出版社から刊行されている文庫本で生島治郎を読む……、それはあまりあらまほしきシチュエーションとは言えないような? 事実、おれも、本は持っているけれど(かつてヤフオクで箱買いした本の中に入っていた)、あの黄色で統一されたカバーにどうにもなじめないというのもあって、まあ、敬して遠ざける、というのかな。要するに、読んだことはなかった。しかし、過日、あまりの暑さに音を上げつつ、とりあえず暑さのピークが過ぎる夕方まで何か読んで時間をやり過ごそう……と、深く考えずに手に取ったのが旺文社文庫版『死は花の匂い』だった。で、この『死は花の匂い』こそは↑で書いた、既存の短編集の文庫化でありながら「収録作品に異同があり、書籍タイトルが異なる」本。そのことをおれはとうに承知しており、それもまたおれがこの本を敬遠する理由ではあったのだが……そんな本をおれは無意識に手に取っていた、ということになる。まあ、それだけ、暑かったということで(だから、十分に知恵が回らなかった)。