まあね、ワールドカップがただのスポーツイベントではないことはおれとしてもわかっていたつもりではあるんだが、こうも露骨にその〝実態〟を晒されたのではもう没入することなんてできやせんよ(トランプが直電してFIFAの決定を覆したこともさることながら⦅なんと、フォラリン・バログンに対する処分の見直しは規律委員会の委員長を務めるモハマド・アル・カマリが17人いる他の委員には諮らずに「単独で行った」ものだそうだ。ここにワレワレは別の意味でサッカーにおける「個の力」の偉大さを見せつけられた、ということに……?⦆、アルゼンチン―エジプト戦がね。審判団は明らかにアルゼンチンを勝たせようとしていた。「レフェリーは良くなかった。不公平だった。その不公平さは明らかだ。試合開始から私たちを追い詰めていた。私たちの勝利を望んでいなかった。八百長だ。サポーターに喜びを届けたいと思っていたが、申し訳ない。叶わなかったし、それは私たちのせいではない」――、そう試合後に言い放ったモスタファ・ジーコの思いはおれの思いでもある)。かくて、おれにとってのFIFAワールドカップ北中米大会はラウンド16で終わった。そう、今度こそ本当に「パーティーは終わった」のだ……。
ということで、早速、本題に入ろう。実は3か月ばかり前に入手した本があって、これがなかなかの本なんだよ。で、せっかくだから、この本で1本、とは思っていたんだが、ここまでタイミングを見つけられずにいた。しかし、パーティーが終わったいまがそのタイミングだろうと。その本とは、→。1957年9月(なぜ年だけではなく月まで書いたかは後述)に東京文藝社から刊行された城戸禮著『日本拳銃無宿』。赤木圭一郎主演の日活アクション映画『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』の原作として知られる、その限りではそれなりに名の通った小説ではあるけれど、この本が古書市場に現れることは滅多にない。現に今日時点で「日本の古本屋」には商品登録がないし、2015年以来のヤフオクの落札価格を検索できるAucfreeでも落札商品を確認できない(あれ、おかしいな、おれが→の本を入手したのはヤフオクなんだけど……)。おれが知る限りは、かつてまんだらけのオークションに出品されたことがあって(こちらです)、現状、インターネットに出回っている書影もこのときに公開された書影のみ。それほど、レア、なんだよ。ただ、それほどの稀覯本にもかかわらず、市場価格は大したことなくってね。かつてまんだらけのオークションに出品されたときの落札価格は4,000円だったし、おれが入手したものに至っては1,200円だよ。しかも、これは『無鉄砲男』というやはり城戸禮が1958年に東京文藝社から上梓した本とのセット価格だから。もうどうなってんのかと。
――と思う反面、納得できる部分もあって。実は、かつてまんだらけのオークションに出品されたものもそうだし、今回、おれが入手したものもそうなんだけれど、保存状態は必ずしも良くない。つーか、悪い。つーか、これらは古書業界で「貸本上がり」と呼ばれているものなのだ。ここは「日本の古本屋」の「古本用語集」より引くなら――「貸し本店による補強加工がなされているもの。綴じ部を強化するために大型のホッチキスを打ったり、ラミネート加工してあったりする」。実際、おれが入手した本にも綴じ部を強化するため厚紙が貼られている。そうかと思うと見返し(正確に言うと表見返しの遊び紙)と扉(タイトルページ)は切り取られていたり、カバーは袖(折り返し)の部分で表紙に糊付けされていたり。そして、何よりも特徴的なのは、本の地(罫下)と裏見返しの遊び紙に貸本屋のスタンプが捺されていること。それは「札幌市南一條西二十四丁目(琴似街道)沖本貸本店」と読める。ちなみに、この店、調べてみるとなかなか有名な店のようで、いくつかブログ記事も見つかる。いや、それどころか、野村宏平著『ミステリーファンのための古書店ガイド』(光文社文庫)でも紹介されているそうだから、大したものだ。もっとも、さすがにもう営業はしていないようだが(『ミステリーファンのための古書店ガイド』が刊行されたのは2005年)。ともあれ、おれが入手した2冊は2冊とも「貸本上がり」であり、こうなると古書としての価値は著しく損なわれる。もしかしたら、図書館の除籍本なみとか? まあ、そんなような事情もあって、今回、おれは『日本拳銃無宿』(と『無鉄砲男』)を1,200円という格安で入手することに成功した、ということになる。
でね、ここで正直なことを述べるならば、この2冊が「貸本上がり」であったことは、おれにとってはむしろ幸いでね。というのも、城戸禮という作家は貸本とは切っても切れない間柄にあるので。ここは『週刊朝日』1959年8月30日号に掲載された「貸本屋のベスト・セラー作家 ユーモア熱血小説であてた城戸禮」と題された記事の一節を紹介するなら――
貸本屋の本ダナにも〝特等席〟がある。
突き当り、カウンター横がそれだ。当然、この〝特等席〟を占めるのは、貸出し回数のズバ抜けた本、つまり、〝貸本のベスト・セラー〟ばかりということになる。
ここには、ユーモア小説、痛快小説、明朗小説がギッシリつまっている。山手樹一郎、源氏鶏太両氏についで人気があるのは城戸禮氏、三橋一夫氏あたりだという。
もちろん、いわゆるベスト・セラーと、〝貸本のベスト・セラー〟とは重なることが多い。が、いわゆるベスト・セラーは、線香花火みたいなものだ。世界文学全集には目もくれない貸本屋族が、一冊の本を何十回も借出すとすれば、〝貸本のベスト・セラー〟こそ、〝隠れたるベスト・セラー〟ということになりそうだ。
実際、ひところの城戸氏の本のごときは、連日出っ放しで、修理に修理を重ねて、七十回も貸出した。しまいには、紙がふくれて二倍の厚みになったが、このボロ本を業者の交換会でうったら、けっこう半値にうれた、という、ウソみたいな話もある。
ユーモア熱血小説というだけに「逆襲社員」「鉄拳市長」「旋風記者」「隼三四郎」「大学の快男児」といった勇ましいものばかりだ。
店員風の十八、九の少年にきくと、
「この三四郎は月光仮面みたいな男ですよ。思ったことをバリバリやってのける。悪いことをやってカネもうけをする連中に、一発くらわすところなんか、胸がスーッとするネ。仕事がすんで、夜ねころんで読むには、もってこいです。映画はカネがかかるし、二十円でけっこうひと晩たのしめるから」
という。
なるほどね。「十八、九の少年」の一晩の娯楽費が20円。それが昭和30年代という時代だったんだろうなあ……。ちなみに、城戸禮研究の第一人者である末永昭二氏(は必然的に赤木圭一郎研究の第一人者でもある)が『電光石火の男 赤木圭一郎と日活アクション映画』(ごま書房)の中でこの時代の貸本屋をめぐる状況を的確に要約してくれているので紹介させていただくと――「昭和二三(一九四八)年に神戸で開業した貸本店「ネオ書房」が、保証なしで新刊書を貸し出すという新商売を展開した。ネオ書房は昭和二八(一九五三)年に東京進出して以来、この新商売は日本中を席巻した。正確な統計はないが、昭和三〇年代はじめの最盛期には、全国で三万軒が営業していたという。これは、現在のコンビニエンスストアの数に匹敵するもので、新刊書店がないところでも、貸本店だけは存在したということも珍しくなかった」。そんな、かつてコンビニなみに営業網を張りめぐらしていた貸本業界で山手樹一郎や源氏鶏太に次ぐ人気を博していたのが城戸禮であり、その城戸禮の代表作が『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』の原作ともなった『日本拳銃無宿』。その『日本拳銃無宿』を一種の〝標本〟として手元に留めておく――とするならば、それは「貸本上がり」こそふさわしい、ということになる。このリクツ、わかっていただけますよね? そして、いま、おれの手元にはその〝標本〟がある――。
さて、最後にになぜ『日本拳銃無宿』を紹介するに当って「1957年9月に東京文藝社から刊行された」と年だけではなく月まで書いたかなんだけど……末永昭二氏は上掲書で城戸禮についてこう書いている――「昭和二(一九二七)年ごろ、江戸川乱歩らのミステリ作家を次々にデビューさせていたメンズマガジン『新青年』でデビューし、第二次世界大戦中はユーモア小説を書いていた城戸は、戦後、昭和二〇年代後半になって、暗黒街を舞台にした活劇小説を書き始める。その作品は、「スーパーヒーローが暗黒街のダニどもをやっつける」というストーリーを中心に、強力な敵、マスコット的な少年、妖艶はヴァンプと可憐な美少女を配した、大衆小説の王道を行くもので、その解釈には疑問が残るものの、日本ではもっとも早い時期にハードボイルドを作品に生かした例といえよう」。おれもこの見解に全面的に賛同する。で、かつてこんな記事を書いたこともあるんだが……そんな城戸禮が『週刊朝日』が言うところの「ユーモア熱血小説」とハードボイルド小説の融合を図った新たな小説世界を切り開くことになる。末永氏はそれを「「明朗ノワール」としか言えないような小説群」と呼んでいるのだけれど、その第1号こそはこの『日本拳銃無宿』なのだ。
――であるならば、本作が刊行されたのが1957年である、という事実は重大な意味を持ち得る。というのも、あの『野獣死すべし』が(『宝石』1958年7月号への掲載を経て)大日本雄弁会講談社(ちなみに、同社がこの社名で存続したのはこの年12月まで。『講談社の歩んだ五十年』によれば、12月8日に株式会社講談社と改めている)から刊行されたのは1958年10月なので。だから、『日本拳銃無宿』の方が1年以上も早いのだ。こうなると『日本拳銃無宿』には、わが国ハードボイルドの(書籍化されたものとしては)第1号、という可能性も見えてくるわけだけれど……そうはならない。というのも、この年1月には鷲尾三郎の『地獄の神々』が東方社から刊行されているので(さらに、2月には『影を持つ男』、5月には『俺が相手だ』が刊行されている)。『地獄の神々』は1956年3月から5月にかけて『内外タイムス』に連載されたもので、1957年には鈴木清順監督により『裸女と拳銃』として映画化もされている(日活データベースによれば、公開は12月7日)。この小説、一言で言えば、東京湾に停泊する賭博船に主人公(帝都新聞のカメラマン・槇健策)が単身、潜入するというレイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』ばりのエピソードも盛り込まれた活劇。加えて、ところどころにチャンドラーばりのウイットに富んだレトリックもちりばめられていて、そんなものが1957年1月には刊行されていたわけだから、わが国ハードボイルドの(書籍化されたものとしては)第1号、という称号(?)は『地獄の神々』に献じられるのがふさわしい、ということになる(ただし、単純に書かれたのが早いか遅いかで言えば、『俺が相手だ』の方が早い。こちらは「俺が法律だ」というタイトルで『探偵倶楽部』1954年4月号に掲載されている。表紙には「痛快スピレーン以上の探偵大活劇」と惹句が記されており、当時のミッキー・スピレイン人気がうかがえる)。
ともあれ、そんなわけなので、『日本拳銃無宿』を、わが国ハードボイルドの(書籍化されたものとしては)第1号、とすることはできないんだけれど、でも城戸禮が末永氏が言うところの「暗黒街を舞台にした活劇小説」を書き始めるのは1949年なんだから(私見によれば、その第1号は『青春タイムス』1949年8月号に掲載された「愛慾小說 女體の罠」。ちなみに、鷲尾三郎がデビューしたのは奇しくも1949年だが、書いていたのは本格ミステリー)。そして『週刊朝日』が言うところの「ユーモア熱血小説」との融合を図りつつ、1995年に85歳で亡くなる直前まで書きつづけた。この点で、おれがこの作家をリスペクトする思いは強い。そして、今回、おれはその〝標本〟を入手した、ということになる。「貸本屋のベスト・セラー作家」と評されたこの作家らしい「貸本上がり」というこの上もないコンディションの……。
ところで、貸本というのは日本独自のビジネス――かというと、そうではない。アメリカにもそれに類するビジネスは存在した。それはCirculating LibraryとかLending Libraryとか称されるものなのだが、その全盛期は日本よりもやや早く1930年代から50年代にかけて。あのアメリカに貸本屋なんていう社会民主主義的なサービスが栄えた時代があったなんてちょっと意外な感じもするけれど、1930年代といえばウォール街の株価大暴落に端を発する世界恐慌の只中。そんな中、フランクリン・ルーズベルト大統領が打ち出したニューディール政策は公共事業と社会保障の拡充を柱とするほとんど社会民主主義的な政策だった。そんな時代には1冊の本を多人数で「回覧」するというCirculating Libraryも支持を得られた、ということか。で、このCirculating Libraryについてはおれもこの程度のことしか知らないんだけれど(ここまでのことだって結構背伸びして書いております)、ただその中には今なおbibliophileの愛玩対象となっている出版社があることを知っていて、かつて(ペーパーバック屋だった頃)その出版社をめぐって駄文を草したこともある。で、今日、読み返したところ、本当に駄文でね。でも、おもしろいっちゃあおもしろい。で、この際だから、再録しておこうかなと。一応、アメリカにも貸本屋なんていう社会民主主義的なサービスが栄えた時代があったことの証言にはなるだろうし(つーか、最後の「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」が激しく訴えてきて……)。
ということで、以下は2011年8月10日付けブログ記事の全文です(なお、一部、リンク切れになっている記事についてはarchive.orgの魚拓に差し替えてあります)。
へえ、Otto PenzlerはThe Mysterious Pressを買い戻していたのか(“Grove Atlantic is relaunching the Mysterious Press with legendary editor Otto Penzler in fall 2011. (...) The original Mysterious Press launched in 1975 and was sold to Warner Books in 1989. Penzler recently reacquired the name from Hachette, which bought Warner Books in 2005.” -- Grove Atlantic Relaunches Penzler's Mysterious Press)。そりゃあ、ね、Warner Books(Time Warner Book Group)がHachette Book Groupに買収されて以降、The Mysterious Pressというインプリントは宙に浮いたような状態になっていたわけで、井川慶扱い(しつこいね、アンタ。でも、これほど間尺の合わない話もないもんだ――誰にとっても)されているくらいなら、もう一度オレの手で――そう考えたとしても、フシギはない。斯界の大御所、Otto Penzler。1942年生まれというから、御歳69歳。まだまだこれからだよ、ネ。
で、そんなThe Mysterious Pressから1982年に刊行された、この上もなく愉快な1冊の“研究書”。その名はGun in Cheek: A Study of "Alternative" Crime Fiction by Bill Pronzini。ふふ、“オルタナティブ”てのがこの当時の流行語だったんだよね。オルタナティブテクノロジーにオルタナティブエネルギー、音楽ジャンルとしての〈オルタナティブ〉。で、Bill Pronziniの言う“オルタナティブ”って? これがまたケッサクと言うか――ミステリ史に燦然と輝く――こともないまま、今やキレイサッパリ忘れ去られた、怪作、迷作、珍作(the bad mystery)。そんなものを掴まえて、“alternative classics”などと勿体つけて呼んで、からかって愉しんでいる。まあ、ミステリ史の“ミッシングリンク”にスポットライトを当てるという意味ではBlack Lizard Booksを立ち上げたBarry Giffordと発想は同じなのだけれど――何たってタイトルがGun in Cheek(もちろん、「からかい半分」という意味のイディオム、tongue-in-cheekの捩り)、方向性は大違い。当然、Jim ThompsonやDavid Goodisといったノワール派の面々は一切登場いたしません。
では、一体どんな作品が対象になるかというと……一口に“alternative classics”と言ってもその範囲はいささか広ーござんして(何を隠そう、Bill Pronziniはこの本の他にもSon of Gun in Cheek⦅筆者所有⦆、Six Gun in Cheek⦅筆者未所有。何でもウェスタン編の由⦆と2冊の“オルタナティブ”本を出版。それだけ沢山の“alternative classics”が存在するってことだね)。しかし、その中でも最も愉快で最もケッタイなのが、Phoenix Pressとそこから出版された“オルタナティブ”なミステリたちにまつわる物語ではありますまいか。以下、この本の中で最も愉快な一章から、この章の中で最も愉快な一節を引いてその一端をお示しすると――
Another interesting facet of Phoenix mysteries was their unique and enticing titles. For example, we have The Case of the Little Green Men, The Case of the 16 Beans, The Case of the Barking Clock, The Case of the Six Bullets, and The Case of the Deadly Drops. Then we have Corpse in the Wind, The Corpse Came Calling, The Corpse Came Back, The Corpse at the Quill Club, and The Corpse With Knee-Action. Next we have Murder Goes to Press, Murder Goes South, Murder Is a Gamble, Murder Is an Art, Murder on Beacon Hill, Murder in the Stratosphere, Murder at Pirate's Head, Murder at Horsethief, Murder at Coney Island, Red-Hot Murder, The House Cried Murder, The Hooded Vulture Murders, and provocative Murder Does Light Housekeeping. And finally we have Death After Lunch, Death in the Night, Death in the Dunes, Death on the Cuff, Death Paints a Picutre, Death Gets a Head, Death ala King, Death Walkes Softly, and Tread Gently, Death.
No one has come across it yet, but there has to be a Phoenix book somewhere called The Case of the Corpse Who Was Murdered to Death.
ふふ。まあ、Death in the Dunesくらいならミステリのタイトルとして全然ありだと思うんだけれど(最近も鳥取砂丘でちょっとしたミステリ騒ぎがあったばかりだしね)、でもMurder Does Light Housekeepingって、ナニ!? 一種のコージーミステリ? そもそも、なんでlight housekeepingなんだか(リーダーズによれば「簡単な家事; 調理施設の乏しい場所での家事」。また、俗語としては「《男女の》同棲」を意味するとか)。ま、lighthousekeepingと一語ならば「灯台守」という意味になるんだけれど――ハテ、殺人は「簡単な家事」をする? 「灯台守」をする? あるいは、いっそのこと「殺人は灯台で簡単な家事をする(Murder Does Light Housekeeping in a Lighthouse)」なんてのはどうよ?……と思ったら、へへ、Death in a Lighthouseってのならホントにあるんだね(Phoenix Pressから刊行された全186点の貴重な書影はこちらで閲覧が可能)。
と、タイトルだけでも遊べるのが“オルタナティブ”なミステリの魅力(?)。で、“オルタナティブ”なミステリは“オルタナティブ”な出版社から。1936年から1952年にかけて大量のゴミお宝を排出したPhoenix Press(現在、Orion Publishing Groupのインプリントとして存在するPhoenix Booksとは何の血縁関係もございません。念の為)。その正体はと言うと――最盛期には全米で40,000もの店舗が存在したとされるCirculating Library(またはLending Libraryとも。ランダムハウス英語辞典では「貸出文庫,貸本屋:ドラッグストアなどの店舗が兼営する」)、また、そんなCirculating Libraryに本を提供する出版社がCirculating Library Publisher(貸本専門出版社)。Phoenix Pressは、そのひとつ――てゆーか、雄。“Once upon a time, in the kingdom of New York, there was a publishing company called Phoenix Press.”(Bill Pronzini)。この種の出版社、かつてはいくつも存在してその“オルタナティブ”な魅力を競い合っていたらしいのだけれど、今や“兵どもが夢の跡”(その往時の栄華の一端についてはこちらを参照されたい)。
で、恐らくはこのBill Pronziniの“研究”に触発されてのことだろうと思うのだけれど、我が日本にもこの“オルタナティブ”な出版社への偏愛を隠さないひとりの「ミステリ中毒」がいる。曰く「内容のいい加減さといい、出たとこ任せの展開といい、誠にフェニックス社らしいB級作品」「フェニックス社的な独特の味(連続殺人に馬鹿馬鹿しいほどの意外性、トリックのあざとさ)を思いきりシンプルに洗練させた感」「フェニックス崩れとは思えない程、まともな作品」「全体を流れるいかがわしさはこの出版社ならではのもの」……(『ある中毒患者の告白~ミステリ中毒編』by M.K.。2003年、私家版として刊行。限定300部)。どうです、ここまで言われれば、読んでみたくなるでしょう? 同書には、こんなことも記されている――「何でもありのどたばた騒ぎに加え、驚異の方言とスラングの連続。読み終わると頭が変になります。お勧めの逸品」。そんなフェニックス社刊行のミステリの何冊かは、その後、堂々のPB化。コレとか、コレとか、コレとか、コレとか。こんな狂ったような夏には、こんな狂ったようなミステリこそお似合い(?)。何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ……。