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Webサイト上にタイトルが短すぎる多数のページがあります。

 えー、多分、ほとんどの人にとっては意味不明のタイトルではありましょうが……今、Bing Webmaster Toolsにアクセスするとホームページの最上部にこんなメッセージが表示されるのだ。これ、Bing Webmaster Toolsの推奨事項といやつで、要するにページタイトルが短すぎるというのだけれど(タイトルが短すぎると「検索エンジンやユーザーがページのコンテンツを理解するのに十分な情報が提供されない可能性があります。これにより、クリックスルー率が低下し、トラフィックが減り、検索エンジンのランキングが下がる可能性があります」というのがBing Webmaster Toolsのお告げ)……そんなの、余計なお節介だって。こっちはいろいろ考えてタイトルを付けてるんだから。「適切に作成されたわかりやすいタイトル タグを使用すると、Web サイトの SEO/GEO パフォーマンスを向上させ、訪問者のユーザー エクスペリエンスを向上させやすくなります」と仰いますがね、SEOがそんなにエライのか? こちとらSEOのためにウェブサイトをやってんじゃないんだよ。そもそも、推奨事項などと称してこんなお節介を焼いてくるなんて……以前、おれはGoogle Analyticsってのを使っていたことがあるんだが、使いはじめて1か月ほどするとやたらといろんなことを「推奨」してくるようになって、それが鬱陶しくてやめてしまった。親切ごかして口出しをしてくるシステムほど鬱陶しいものはない……。

白村江

 ということで、記事タイトルからするならば、以下は蛇足ということになるわけだけれど(長ーい長ーい蛇足)……荒山徹の『白村江』を読んだ。読み始めたのは日曜日で、その時点では古代史に材に取った大河ドラマの可能性について諦めていなかったので(「諦めていなかった」ということは、もう「諦めた」ということであります。そりゃあ、ねえ、あんなトンチキなものを見せられたんじゃ……。NHKは大河ドラマを月9かなんかと同じくらいにしか思っていないんだろう。だったらこっちもそう受け取って、これからは日8と呼ぶことにしようか)、この「週刊朝日2017年歴史・時代小説ベスト10」で1位を獲得した大作もその原作候補という位置付けではあったのだけれど、その夜、あれを見て、もうどうでもいいやと。いや、どうでもいいというのは、『白村江』が、ではなく、『豊臣兄弟!』が、です。ただ、『白村江』の方も、なかなか手放しで称賛というわけには行かない小説で。日曜日の時点では、まだなんとも評価ができないなと。そもそも『白村江』というタイトルの小説なのになんで蘇我入鹿がこんなに重要かつ魅力的な人物として描かれているのかが理解できなかった。『白村江』というタイトルである以上、どこの国の誰を主人公にするにせよ、日本側の中心人物は中大兄皇子であることは動かしようがないはずで、にもかかわらず小説ではその中大兄皇子に殺された蘇我入鹿が、まあ、ナイスガイというのかな、なにしろ、これだから――「青年は白い歯を見せて満面の笑みを浮かべると、さっと立ち上がりざま腕を伸ばし、彼(注:本作の主人公。それが誰かは、のちほど)の両腋をすくい取った。そして、若い父親が赤子をあやす時にしてみせるように、彼を頭上に抱え上げた」。もうね、若き日の石原裕次郎を見るかのような……。で、ずーっとアタマの中にクエスチョンマークが点灯した状態で読み進んでいた次第なんだけれど……月曜日になって、中大兄皇子(本作では葛城皇子)が本格的に登場してくるようになって、ほどなく目の覚めるようなシーンに遭遇した。病と称して自邸に引きこもった蘇我蝦夷に代わって参内した入鹿が天皇に断わりもなく紫の冠を被っている(紫冠はあくまでも天皇から大臣に授けられるものなのだから、蘇我蝦夷の嫡男といえども勝手に被ることはできない。新たな手続きを経て与え直してもらわねばならない)ことを咎めることもできない老いたる女帝(斉明天皇)。入鹿はここぞとばかりに高飛車に出て(彼には、それだけの理想がある、ということ。そして、それゆえの気負いもある、ということになる)「半島に関わるまじ」という厩戸皇子以来の国是に反して百済への援軍派遣を進言する。それにも「佳きに計らいなさい」とただ従うしかない女帝。できるのは、山背大兄王(厩戸皇子の第一王子)の名前を出して「諸卿はどうあれ、山背王、彼だけは断じて認めますまい」とやんわりと釘を刺すことくらい。この〝勝負〟は、だから、若き蘇我入鹿の圧勝と言っていい。ところが、入鹿が退室するや空気が一変する――

 入鹿が退室すると、闇が動いた。暗色の帳をかき分けて葛城皇子が現われる。
「お見事でした、母上」
「痴れ者めが!」
 感情の厳しい自己抑制からようやく解き放たれた女帝の口から、蘇我父子に対する凄まじいまでの罵詈と呪詛の言葉が嵐のように噴き出した。
「――蝦夷入鹿を焼き滅ぼさむ天も火もがも」吐き出すものを吐き出してしまうと、現帝は冷静さを取り戻し、やや不安げな面持になって訊ねた。「信じたであろうかの、鞍作めは」
「間違いなく」皇子は請け合った。「このわたしでさえ、あまりの情けなさに思わず落涙しかけたほどですから。母上、ああ何と腑甲斐ない、と。況や鞍作に於てをや、です。話を山背王に持っていった運びも、実に自然でした。斑鳩を討つべく入鹿は腹を括ったことでしょう」
「ならばよいのだが」
「いずれ鎌子が伝えて参ります」
「それにしても蘇我を増長させるだけ増長させておけ、とはな」
「微明ノ策」
「何?」
「発案者はそう名づけています」
 現帝は首を傾げていたが、すぐに思い当たって手を叩いた。
「之を歙(もと)めんと将欲すれば、必ず固(しば)らく之を張れ、之を廃めんと将欲すれば、必ず固(しば)らく之を興せ。是れを微明と謂ふ――なるほど、微明ノ策とは云い得て妙じゃ。なれど」怪訝の色を浮かべた。「彼の者が読み込んでいるのは、確か六韜三略ではなかったか」
「それも彼一流のめくらまし、兵法家の兵法家たるゆえんです。李耳こそは、呂尚、黄石公を遙かに凌ぐ最高の兵法家なのだとか」

 ここで、おお、と。実は葛城皇子のキャラクターをめぐっては当初は「思慮や分別、知性といった叡知の要素も欠片だに見出せない。皇子という立場、そして十八歳の年齢ならば身につけて然るべき威厳も皆無である」とされている。これに対し、「これという確証はありませんが、古来、佯狂と云うがごとく、万が一にも油断は禁物でございます」――と注意を促していたのが中臣鎌子(後に葛城皇子とともに蘇我入鹿を討つことになる中臣鎌子だが、当初は蘇我入鹿に従っていたという設定。蘇我入鹿と中臣鎌子が親しい間柄だったというのはNHKが2005年に制作した『大化の改新』でも採用されていた)だったのだが、蘇我入鹿は完全に葛城皇子を見誤っていたことになる。てゆーか、葛城皇子が蘇我入鹿なんか軽ーく罠に嵌めてしまうほどのワルだってことがこの瞬間にハッキリしたわけで……これは、オモシロイ、と。で、おれが『白村江』という小説世界に本格的に入り込むことになるのも、これ以降、ということになる。ただ、そうはいっても、これ以降もおれのアタマの中にはクエスチョンマークが点灯したままで……。というのも、小説の中ほどで葛城皇子は新羅(読みは本作では「しんら」。おれの世代だと「しらぎ」なんだが、最近は教科書でも「しんら」とされているらしい)の王太子・金春秋と事実上の「倭羅同盟」締結で合意しているのだ。でも、天智天皇2年8月27日から28日にかけて朝鮮半島西岸の白村江(読みは本作では「はくそんこう」。これもおれの世代だと「はくすきのえ」なんだが、最近は教科書でも「はくそんこう」とされているらしい)で日本と百済(読みは本作では「ひゃくさい」。これもおれの世代だと「くだら」なんだが、最近は教科書でも「ひゃくさい」とされているらしい)の連合軍と唐と新羅の連合軍の間で一大海戦が繰り広げられたのは歴史的事実で、このこととの整合性をどうつけるんだろう? と。ただ、これについてはほどなくヒントが提示されて、唐と新羅が連合して対百済戦に乗り出すとの一報を受けるや、葛城皇子は倭人でありながら今は金春秋に仕えて倭との連絡役を務めている金多遂(日本名は多蒋敷。実在の人物で、あの太安万侶の祖父とされる。ただ、本作における役回りはほぼフィクション)にある腹案を伝える。それは、読者には明されないのだが、密命を帯びて新羅に戻り金春秋から同意を取りつけるや、金多遂はこうつぶやくのだ――

 多遂は一礼した。十三年前に続き、今また新たな秘密同盟が結ばれた。使人たる彼の責務は重みが増し、ますます忙しくなることだろう。細心の注意を以て両国の間の意思疎通を図り、不審の種となり得る一寸の誤解をも生じせしめてはならない。
 敵国となるのだから、新羅と倭国は――。

 この時点で、とてつもない謀略が動き始めていることは明かで、それに伴っていわゆる「白村江の戦い」なるものも従来の構図とは全く異なるものとして描かれることになるのは間違いないようだ。で、ははーんと思ったね。もしかしたら荒山徹はいわゆる「白村江の戦い」なるものを大胆に読み替えようという魂胆なのかな、と。これは、それを意図して書かれた小説なのか……と。とするならば、危ういなあ、というのが、おれの率直な印象だった。というのも、下手をしたら歴史修正主義に陥りかねないので。実は、そんな危惧を抱かざるを得ないある気になるワーディングが認められるのだ。それが「在倭特権」。そんな言葉を使って百済の旧臣たちが在日百済人を非難するという場面があるのだ。でね、荒山徹という人は、元読売新聞記者なんだよ(しかも、生まれは富山県高岡市。読売新聞記者で富山県高岡市生まれと来れば、読売新聞にあっては〝保守本流〟と言っていいだろう)。そんなプロフィールも踏まえるならば、いかにも、という気がするじゃないか。で、おれとしては、危ういなあ、と。よくよく注意してかからなければならないな、と。

 ただ、確かに「白村江の戦い」というのは謎ではあるんだよ。だって、戦う相手は大唐帝国なのだから。倭国ごときが適う相手ではない。しかも、自国の存亡が懸かっていたわけでもないってのに、わざわざ大船団を組んで出張って行ったわけで……。で、おれとしては、この日本の決断のウラにあったものこそは日本と百済の「特別な関係」である、と考えたい気が漫々なんだけれど(これについては、こちらで詳述しております。とんでもない〝妄言〟を書き連ねておりますので、リンクをクリックする場合はそれを覚悟の上で、自己責任でお願いします)……荒山徹の立ち位置はおれとは明確に異なる。むしろ、日本は新羅と「特別な関係」にあったという立場で(実は、日本と新羅は同祖だったという可能性まで示唆している。これは金春秋が日本に渡る途中で息子の法敏に語って聞かせることなのだが――「我ら韓の民は、実はこの倭地より渡っていった移民の末裔なり――そんな伝承がある」。本当に韓国にそんな伝承があるのか、おれにはわからないとしか言いようがない。ただ、『新撰姓氏録』では右京皇別の一人として「新良貴」という名前を挙げ「是出於新良國。即為國主。稻飯命出於新羅國王者祖」。ここに出てくる稲飯命(いないのみこと)というのは神武天皇の兄に当たるとされているので、つまり新羅と日本は〝兄弟国家〟ということになる……。いずれにしても、おれなんかとは全くスタンスが違うことは明か。で、おれとしては、期待半分、不安半分てところで……いや、むしろ、不安の方が大きかったかな。やっぱりね、「在倭特権」というワーディングが気になっていて。ことによると、途中で本を投げつけたくなることもあるんじゃないのかと(ただし、実際にはそんなことやりたくたってできない、おれが読んだのは富山市立図書館の所蔵本なので)。

 で、結果を言えば、本は最後まで読み切った。おれをして、最後まで読み切らせるだけの力のある歴史小説だった。ただ、荒山徹は本当に大胆に「白村江の戦い」を読み替えてみせたわけだが、その評価はなかなか難しい。これについては、どこまで書いていいかなんだけれど……まあ、いいだろう、以下はネタバレ要注意ということで……葛城皇子が百済復興軍の求めに応じて援軍を送ることを決めたのはこれぞ深謀遠慮というやつで、どっちにしたって(日本が援軍を送ろううが送るまいが)百済復興軍はダイハードな抵抗を続けることになる。しかし、それは葛城皇子が望むところではない。彼としては、百済復興軍が早々に復興を断念してくれるのが望ましい。単に新羅と事実上の「倭羅同盟」を締結しているという信義則からばかりではなく、それによって日本が得られるものがあるという判断。それは、百済百官と呼ばれる優秀な人材。斉明天皇の崩御後、称制として政治の実権を握った葛城皇子ではあるが、彼がめざす律令国家化(かつて厩戸皇子がめざしたもの)は遅々として進んでいなかった。それは、律令国家の実務に習熟した官僚の数が絶対的に不足していたため。葛城皇子としても、遣唐使の派遣回数を増やすなど、打つべき手は打っているものの、その成果が得られるのは10年以上も先のこと。ここは、手っ取り早い方法として、百済からの亡命官僚で補うのが得策……。そのためには、百済復興を早々に断念させること。そのために――そのためにこそ援軍の派遣は決定されたのだ。葛城皇子の読みとしては、この状況で日本が援軍を送れば、百済旧領の各地で死物狂いの抵抗を続けている百済復興軍からすればこれ以上の朗報はない。日本軍への期待はいやが上にも高まるだろう。しかし、そんな状況で日本軍が敗れたとなると、どうなるか? 最早ここまで、という心境になるのは必至で、自ずと百済復興運動は終熄に向かう……。これが、葛城皇子の読み。だから、援軍の派遣とは言いながら、最初から負けることが想定されている――というよりも、まともな戦いなんてしない。とりあえず、唐の水軍と一戦交えた上で、すぐに利あらずとして退却する……という方針の下に決定された〝派兵〟。当然、この方針については、事実上の「倭羅同盟」を締結している新羅には事前に金多遂を介して通知されていて……だから、完全な出来レースなんだよ。そんなふうに戦われたのが「白村江の戦い」なるものだとしているわけで……もうね、おれが知っている「白村江の戦い」とは1%も被っていない!

 で、2017年発行の初版では422ページから436ページまでがこの説明(葛城皇子の告白)に費やされているんだが、この説明を読んで100%ストンと落ちるかと問われれば、微妙、と答えざるを得ない。だって、葛城皇子の真の目的が、百済復興の望みを完全に断った上で、百済百官と呼ばれる優秀な人材を手に入れることだった――というのが、いかにもモチベーションとしては弱いだろうよと。そんなことのために、ここまでの大芝居を打つか? さらに、伝承レベルではあるんだけれど、日本側の「大将軍」を務めた阿曇比羅夫は「白村江の戦い」で戦死したとされていて、有縁の地である長野県安曇野市の穂高神社では毎年9月27日に御船祭が行われており、同神社では旧暦の8月27日に当たるこの日を阿曇比羅夫の命日としている(拝殿脇にある「阿曇比羅夫之像」の解説では「天智2年新羅・唐の連合軍と戦うも白村江(朝鮮半島の錦江)で破れ、8月甲戌27日戦死する」)。念のため阿曇比羅夫が日本側の「大将軍」だったことを裏付ける『日本書紀』の記載を紹介しておくと「大将軍大錦中阿曇比羅夫連等、船師一百七十艘を率ゐて、豊璋等を百済国に送る」(岩波文庫版『訓読日本書紀』より)。ここに出てくる「大将軍大錦中阿曇比羅夫連」が「白村江の戦い」で戦死したことは『日本書紀』では確認できない。しかし、有縁の地である長野県安曇野市の穂高神社では戦死したとしていて、そのための〝追悼行事〟を今に至るも開催しているのだ。これはね、事実として相当に重いと思うけどなあ……。

 荒山徹は中国の正史である『旧唐書』では「仁軌、倭兵と白江の口に偶し、四たび戦ひ捷つ。其の船四百艘を焚く。煙烟天に漲り、海水皆赤し。賊衆大潰す」――とあたかも日本側の大敗だったように記されているものの、四百艘というのは「白髪三千丈」の類いで「大いに割り引いて考える必要がある」。でも、日本側の「大将軍」を務めた阿曇比羅夫が戦死していたのなら、それは間違いなく大敗ですよ。とてもじゃないけれど、百済復興軍の志気を挫くための偽装敗戦と言い繕うことはできない。だからね、↑の説明で、100%ストンと落ちるかと問われれば、微妙、と答えざるを得ない。それよりも、歴史上の出来事をめぐってこんなヘリクツを繰り出してくるなんて……という思いの方が強い。それは、歴史修正主義とほとんど紙一重と言わざるを得ないでしょう。もしかしたら、紙一重もないかも知れない。いわゆる「インパール作戦」をめぐって最近では「作戦としては成功だった」とする言説まで聞かれる始末なんだが、それと何が変わるのかと。だから、本来だったら、こんな本、投げつけてやるところなんだけれど(だから、それはやりたくたってできないんです、おれが読んだのは富山市立図書館の所蔵本なので)、おれをしてそうさせない理由がもう一つあって、それはこの大河ロマンで主役を務める2人の人物の関係性、なんだよ。その2人とは――百済の廃王子・余豊璋(よほうしょう)と、その余豊璋と孤児院(通称「巣箱」。運営しているのは蘇我入鹿。だから、本作の蘇我入鹿は本当に石原裕次郎ばりのナイスガイなんだよ。ただ、そんなナイスガイがあっさりと屠られて、屠ったワルが蔓延るというのが本作の世界観。それは「現代(いま)」という時代の反映でもあるんだろうな。しかし、おれの世代だと、蘇我入鹿と言えば「むしごろし」で、荒山徹だってそんなに年は違わないわけで、どっからこんなイメージを掴み出してきたんだろう……?)で知り合い、いつしか無二の親友となり、遂には余豊璋を警護する親衛隊の隊長としてともに「白村江の戦い」を戦うことになる朴市田来津(えちのたくつ)。どちらも実在の人物で、朴市田来津は渡来系氏族である秦氏の一族とされる。この2人の友情は、最後までゆらぐことがない。そして、最後は「百済将兵のうち悲憤慷慨する少数の精鋭のみ」を引き連れて唐と新羅の大軍団に一戦を挑むことになる――敵の囲みを破って余豊璋(と泉男産。唐の脅威に晒されている高句麗王・泉蓋蘇文の三男で高句麗・百済・倭国からなる三国同盟の可能性を探るべく派遣されていた)を高句麗に逃すために――「任せておけ。必ず囲みを破って、おまえと泉男産を高句麗に逃してやるとも。窮鼠猫を咬む、さ。死に物狂いで戦って、やはり倭国は百済と共謀していたと唐の将軍たちに思わせ、あいつを震え上がらせてやりたい」。あいつ、とは、言うまでもなく葛城皇子のことで……この時の最高権力者に対するdefiantな姿勢な。そして、ついぞ最後までゆらぐことがなかった余豊璋との友情。これが、本当に清々しいんだよ。利害渦巻くドロドロの国際政治の只中で、この2人の関係性だけは最後までピュアなままなんだ。

 でね、荒山徹が描きたかったのも、この2人のピュアな友情なんだろうと思うんだよ。ただし、今の時代、この2人を主人公とする小説を世に問うことがいかに困難かは、想像するにあまりある(どっちも日本人ではない!)。下手をすりゃ、ネトウヨの総攻撃を喰らうことにもなりかねない。多分、出版社だって二の足を踏むだろう。で、荒山徹は一計を案じたのではないか? それが、歴史修正主義と見まごうような大胆な歴史の読み替えを物語の中心に据えること(さらには「在倭特権」なんて言葉も使ってみせる)。これによって、ネトウヨからの攻撃を回避する。その上で、余豊璋と朴市田来津という「運命に抗おうとしている」(作中で中臣鎌子が余豊璋を評して言う言葉。曰く「運命に抗おうとしている者は、かけがいのないほど美しいものです」)2人の若者に満腔のオマージュを捧げる……というね、これはそんなきわめて戦略的に書き上げられた物語である――と、あんなトンチキな大河(やBing Webmaster Toolsのお節介)をめぐってブーブー言っているよりも、こんなふうに論ずるに値する小説をめぐってささやかな思考をめぐらしている方がどんだけ精神衛生的にヨロシイか……。