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一匹狼原論

 ふふ。なかなか良いタイトルが思い浮かばず、苦労したんだが、こいつはかなりサマになっている。タイトルだけならば、近来の記事の中でも出色だな……ということで、破れ時代劇――じゃなかった、『破れ新九郎』は萬屋錦之助(当時は中村錦之助)が1967年に立ち上げた中村プロダクションとテレビ朝日がタッグを組んで制作したテレビ時代劇ですが、中村プロダクションが初めてテレビ時代劇の制作に関わったのは1972年に当時のNET系列で放映された『さすらいの狼』(のはず)。言わずと知れた生島治郎の同名小説のドラマ化ですが、おれは見たことがなかった。で、叶うことならば、見てみたいもんだ、とは思っていたんだけれど……なんと、第1話と第2話だけだが、YouTubeの「東映時代劇YouTube」という東映が公式に開設したチャンネル(要するに、違法にアップロードされたものではないということ)で公開されていることがわかって、おお! と。で、早速見てみたんだが、これがざんねんもなにも。あまりにもざんねんで、第2話を見る気力を失ってしまって……。一体、どこがそんなにざんねんなのか? ここは、端的に言いましょう、主人公である十文字の竜こと速水竜之進が〝さすらいの狼〟となって関八州をさすらうことになった経緯が冒頭のわずかばかりのナレーションによる〝説明〟で処理されてしまっているんだよ。そのナレーションとはこのようなものなんだが――「胸に焼印のあるこの男、十文字の竜は、かつて勤王倒幕の理想に燃える武士、速水竜之進であった。が、ある晩、ふとしたことから御用金を奪った裏切り者として幕府から追われ、また父親殺しの犯人として恩師・冬木郷右衛門からも追われる身となってしまった。こうして彼はすべての理想と武士としての名誉を捨て、頼るべき何ものもない一介の無宿人として生きようと決めた。ただ、この男が執念を燃やして追いつづけるのは、この事件の首謀者・加納紀三郎であり、事の真相である。十文字の竜、この男は、自分の心の底に刻まれた傷を押し隠し、今日という日をひたすらに生きようとしながら、さすらいの旅を続けて行く」。

さすらいの狼

 で、これについては、ここではくどくどと書きませんが(もしなんなら、こちらをお読み下さい。生島治郎の原作がいかに一筋縄ではいかない小説であるかをくどくどと説明しております)、その経緯というのは本当に複雑で、本来、第1話を丸々使って物語るべきこと。実際、生島治郎の原作では「胸に怒りの烙印を」(→の実業之日本社版だと47pから83pまで)と題された章をほぼ丸々使って描いている。ところが、ドラマではそれをわずかばかりのナレーションで処理してしまっている。これじゃあ、視聴者が十文字の竜に感情移入できないじゃないか! 一体、誰だ、こんなざんねんなホンを書いたのは? これが、なんと、高岩肇なんだよ。これが、もう、信じられないというか。高岩肇ほどのプロフェッショナルがこんな雑な仕事をしますかねえ……。いや、せんだろう。だって、高岩肇だよ。本当のプロフェッショナルですよ。だからね、なんかウラがあるんじゃないのか、という気がしてならないんだよ。たとえばだよ、生島治郎の原作では速水竜之進が受けるリンチには当時の連合赤軍による山岳ベース事件の影響が色濃く投影されているわけだけれど……もしかしたら、同じように見るものをして山岳ベース事件を連想せしめるような幻の第1話があって、その中では速水竜之進ら黒田藩倒幕派が資金調達と称して行う御用金強奪についても連合赤軍が同じ目的のために行ったM作戦を連想させるような形で描かれていて、こうした、当時、社会を騒然とさせていた事件とのアナロジーがあまりにもリアルすぎて(その過激さに脅えたNET上層部の判断で?)ボツになった。で、本来、第2話であったものが第1話に繰り上がり、その結果、速水竜之進が〝さすらいの狼〟となって関八州をさすらうことになった経緯は冒頭のわずかばかりのナレーションによる〝説明〟で処理されることになった……。

 まあ、まったくの想像ではあるけどね。でも、こんなふうな裏話があったとでも考えないことには呑み込めないくらいには第1話のホンはヒドイ。おれの知る限り、高岩肇というのは、こんな雑な仕事をする人ではないんだよ――と、そのことだけはここで断言しておきたい。ということで、ここで少しばかり視点を変えます(実は、かねてから書きたいと思っていたことがある。それを、この際、書いてしまおうというコンタンです)。十文字の竜を指す〝さすらいの狼〟というのは、言葉を替えて言えば「一匹狼」ということだと思いますが(ただし、作中では「一匹狼」という言葉は一度も使われていない。でも、集英社文庫版の解説で磯貝勝太郎は「竜之進は家督を相続するという希望や、勤王倒幕という理想にも挫折し、同志から裏切られた結果、同志への連帯感を喪失し、組織を離れて、真犯人を追究するために、おのれのモラルに従い、自分だけを頼りとしてさすらう一匹狼である」)、このね、わが国のハードボイルド派が好んで描く「一匹狼」という観念が動物学が教えるそれと著しく異なることははたしてどれほど知られた事実なんでしょうか? これについては、Eテレの「ざんねんないきもの事典」を見た人なら(あるいは、その原作である今泉忠明監修『ざんねんないきもの事典』を読んだ人なら)、知ってるよ、ということになるはず。そう、自然界では「一匹オオカミは弱い」んです。オオカミの子どもは、大体、2歳くらいまでに群を出て、一人暮らしを始める。その後、ペアになる相手を見つけたり、別の群を乗っ取ったりして「一匹オオカミ」を卒業するのだが、力のないオオカミは一生一匹のままで過ごさなければない、それが「一匹オオカミ」。だから、ハードボイルド小説に登場する「一匹狼」とは相当にイメージが異なる。もっとも、「一匹狼」をそんなイメージで描いている作品がないわけではない。阿佐田哲也の短編集に『ギャンブル党狼派』というのがありますが(阿佐田哲也の一連のギャンブル小説は歴としたハードボイルドですよ)、その第4話「ズボンで着陸」の主人公「ダンゴ鉄」はケチなノミ屋だが、自分のことをよーくわかっているようで「俺は一匹狼だ、しゃぶったって限度があらァ」。要するに、群からはぐれた一匹狼は他のプレデターが餌食にしようにも貪り食う肉なんてろくろくない痩せ狼だということだよね。こんなふうに「一匹狼」を哀れな存在として描いている例外的なケースもあるものの、ほとんどの場合は「一匹狼」を孤高の存在として描いている。で、おれが興味を持ったのは、そのイメージの出所なんだよ。誰かが「一匹狼」を孤高の存在として描いたからこそ、本来、群を統率することのできない、力のない(弱い)オオカミを指す「一匹狼」が孤高の存在に〝キャラ変〟しちゃったんだよ。では、その誰かとは、誰なのか?

 こんなとき、頼りになるのは国立国会図書館のデジタルコレクション。国立国会図書館が一体どこまでこのサービスを拡充するつもりかは知りませんが、公開範囲が拡大され、かつ全文検索が可能になったことでその用途は格段に飛躍したと言っていい。ハッキリ言って、デジコレの全文検索と比べればGoogleなんて屁ですよ。おれは、最近は、ごく簡単な調べものでしかGoogleは使わない。たとえば、「ブーケガルニ」って何? とか。しかし、それなりにインテレクチュアルな調べものの場合はデジコレの全文検索です。信頼に足る情報は図書館の中にしかない。

 で、そのデジコレの全文検索で「一匹狼」について検索したところ、その使用第1号(と思われるもの)が判明した。それは、中河与一が昭和8年に発表した『臈たき花』。その中の次の下り――

 毎日のやうに黄色い廣告氣球があがつて、銀座には急に散歩者が溢れだしてゐた。
「君、君は一體何をしてるんだね。」
 一人の私服が突然低い聲で一人の青年を呼びとめた。
 今日は月に一度か二度ある與太モン連の刈り込みの日で、こんな日、保安部は總出で活動しはじめる。すると與太モン連は不氣味な豫感で、もう神経質になつてしまつてゐる。
「僕は、僕は、街の統計をとつてゐるんですが。」
 臆病さうな男は、髪がかきあげながら言ひ譯した。
「どういふんだね、それは。」
「小説に使はうと思つて。」
「なに、小説。妙なことをするんだね。」
 しかし巡査は間もなく理解したらしく
「驗べることが流行してゐるのかい、この頃。」
 一匹狼かと思つて、つかまへた男が、さても氣の弱い小説志願者であるのに氣づくと、私服は微笑しながら彼を釋放した。

 これが、多分、「一匹狼」という言葉の使用例の第1号。この後、昭和13年に出版された菊岡久利の詩集『時の玩具』に「永いこと一匹狼としてはたの犬たちから怖れられ」という語句が認められる。菊岡久利は昭和24年に発表した小説『怖るべき子供たち』でも「一匹狼」という言葉を使っており、多分、お気に入りの言葉だったんだろう。ちなみに『怖るべき子供たち』は『一匹狼』というタイトルで映画にもなっている。大映東京の製作で、公開は昭和25年。で、これ以降、「一匹狼」は一気に大衆化した……ように見受けられるんだが、でも、じゃあ「一匹狼」なる語が今あるような形で使用されるようになったのは中河与一や菊岡久利の影響……と言い切っていいのかどうか? おれとしては、どうもそう言い切るのが躊躇われるというか。第一、おれは『臈たき花』も『時の玩具』も、今日、初めて知ったんだから(『怖るべき子供たち』はジャン・コクトーの小説のタイトルとしては知っていましたが、菊岡久利という人が同名の小説を書いていたことは、今日、初めて知った)。そんな小説なり詩なりがそれほどの影響力を持ち得るとはちょっと信じがたい。で、何か他にそのきっかとなったものがあったのでは? と考えたんだが……閃いた(これは、調べたのではなく、閃いた。あるいは、おれの脳内データベースを検索したところ、ヒットした)。実は埴谷雄高が『死霊』の中で「一人狼」という言葉を使っているのだ。ここは、その下りを書き出そう――

 ――貴方はどうしても、それを組織だといいたくないのですね。
 ――そう、僕は一人狼なんですよ。
 と、囁くように顔を寄せた首猛夫は不意に微笑を浮べた。それは彼に珍らしいほど緩和な微笑であつた。
 ――一人狼……貴方はこの下層世界の異端者を知つてますか。五色の光が輝く夜の盛り場に、鋭い、油斷もない眼を光らせ歩いているそいつの姿を見たことがありますか。そいつは、侘しい、暗い影をひいている。どんな親分にも屬さぬそいつは絕えざる脅威と危險に曝されているんですよ。何時どの方向から短刀(どす)がぐさりとくるか解らない。あらゆる場所で、そいつは見張られている。絕えざる監視の眼がそいつの背中につきまとつている。そいつが其處らを荒しはせぬかと、見守られているんです。そいつの生活は靜かな息すらつけぬ。素知らぬ顔付で人混みのなかを歩いていても一分の隙もない緊張を全身へかけているそいつの肩先には、何處か侘しい翳がある。そいつはそんな悲痛な影をおとしながら、何處の親分にも屬せず、全國を渡り歩いているんです。ふむ、總監、僕はそんな世界を覗いてみて――或る一人狼をゆつくり觀察したことがある。そして、僕が氣付いたことは――もしそいつに僕同樣のお喋り能力を賦與出来れば、僕とまるきり見別けがつかなくなつてしまうだろうということでしたよ。肩を抱き合つて譯も解らぬ贅言を正氣なつもりで誓い合う酔いがさめて、その馬鹿馬鹿しさを骨の髄まで悟りきつたものは――その一人狼になつてしまう。あらゆることを短刀直入に一擧にやつてのけられる方式が、そいつの氣にいると、もはや向うからそいつを離さない。そして……そいつは永遠の一人狼になつてしまうんです。

 どうです? 今日、われわれが「一匹狼」という言葉から連想するものとほぼ一緒ですよね? 特に「どんな親分にも屬さぬそいつは絕えざる脅威と危險に曝されているんですよ。何時どの方向から短刀がぐさりとくるか解らない」ってあたりはハードボイルド小説に登場する「一匹狼」そのものですよ。この第二章「《死の理論》」を含む真善美社版『死霊』第一巻(第一章から第三章まで収録)が刊行されたのが昭和23年。だから、菊岡久利の『怖るべき子供たち』よりも早いわけだよ。しかも、その影響力ということで言えば、菊岡久利なんて及びじゃないでしょう。一方、中河与一は新感覚派としてそれなりに知名度のある作家だとは思いますが、ただ『臈たき花』がどれほど知られた小説かといえば……。こちらも『死霊』の知名度には遠く及ばないと言っていいでしょう(まあ、『死霊』も、知名度こそあっても、実際にどれほど読まれているかとなると、それほどでもないんだろうけどね。ちなみに、おれは学生時代に読んだ。おれが読んだのは講談社から昭和51年に出版された版(帯には「二十世紀の闇に光芒を放つわが国初の形而上小説。待望の〈幻の四章〉を含め、全五章ここに定本となる」とある。実は、この本は今も取ってある。それが、こちらです。こんなもん取っておいて、一体、どうなると思っているんだろう、おれは……)ですが、あのころは『死霊』くらいは読んでいないと相手にされないというか。そういう見栄を張らなければ生きて行けない時代だった。ただ、率直に言って、第三章までは単純に面白い小説だとは思うけどね。ちょっと探偵小説風味もあって。しかし、帯で「幻の」と謳われている第四章「霧のなかで」からおかしくなって、第七章「最後の審判」(は昭和59年に出版された。実は、この本も取ってある……)なんて、もう読むに耐えないというか。ここは、ハッキリと書いておこうと思うんだが、『死霊』は第三章で中断していた方が読む側が勝手に想像力を膨らませて実際以上に巨大な形而上小説になっていたことだろう。ナマジ埴谷雄高が生き残って第四章以降を書き継いだがために読む側に見切られてしまった、というところだと思う。そういうざんねんな小説――、それがおれの評価です)。

 ということで、『さすらいの狼』の第1話があまりにもざんねんなので第2話を見る気力を失った、という話から始まって、わが国のハードボイルド派が好んで描く「一匹狼」という観念の出所が埴谷雄高の観念小説『死霊』だった、という結論に至る一席。お楽しみいただけましたでしょうか? いただけましたなら、ぜひチャンネル登録を(って、そんな機能、ナイ。でも、最近はYouTubeばかり見ているので、つい思考法がこうなってしまう)……。