えー、「パーティーは終わった」つもりだったんですが、次の対戦相手がブラジルと決まって、ちょっとね……。実はおれはスウェーデンには負けると思っていたんだよ(かつてアジア予選を勝ち抜くことにすら四苦八苦していた時代を知るものからするならば、日本が本選でヨーロッパの国に勝てるなんて、イメージできない)。で、3位通過となって(既に勝ち点4を確保していたので、3位通過は固いという読み)、その場合の対戦相手までは頭にありませんでしたが、どの国と当たるにしたってグループリーグの1位には違いない。こうなると、スウェーデンにさえ勝てるイメージが持てないおれが明るいイメージを持てるはずがない。だから、事実上、チュニジア戦が日本の今大会のハイライトだろうと。ところが、スウェーデンと引き分けて(上出来!)、2位通過となって(上出来!)、決勝トーナメント1回戦で当たる相手が(やはりグループリーグ1位ではあるものの)ブラジルと決まって、おお! と。ブラジルと、やる。これは、勝てる/勝てない、は別にして、単純に、楽しいじゃないか! 今の世界ランキングがどうだろうが(FIFAのランキングなんて信じるに値しない。当然、日本の17位という順位も)、サッカーと言えばブラジル、だから。そのブラジルとワールドカップの(まだアイドリング状態のグループリーグではなく)決勝トーナメントで当たるっていんだから、こんなに楽しいことはない!
ということで、前言撤回。パーティーは、継続。一体、何をするかと言うと……ブラジル料理で盛り上がる。実は、作って(食べて)みたいブラジル料理がある。それは、フェジョアーダ。一言で言えば豆と肉を煮込んだものなんだが、ブラジルでは国民食とされている。なんでも、水曜日と土曜日にはフェジョアーダを食べるという習慣があるらしい。で、何曜日に食べたかまでは知らないけれど、志田司郎がフェジョアーダを食べているのだ。志田司郎シリーズの長編としては第3作となる『友よ、背を向けるな』で藤村琴というスーパー・エレクトリックばあちゃん(?)の依頼でサンパウロに飛んだ志田司郎は殺人の嫌疑で、3日間、留置所に放り込まれるという、異国ならではの手荒い仕打ちを受けた後、依頼主らから慰労の晩餐を供される。その際、食べるのがフェジョアーダ(作中では「フェジョウダ」と表記)なのだ――
居間へ出たとたんに、うまそうな匂いがただよってきて、空腹を刺激する。
居間には、藤村琴と倉持弁護士と里美がそろって椅子に腰を下ろし、コーヒーを呑んでいた。
「どうやら、ちっとは男前があがったようじゃな」
老婆が葉巻をふかしながら云った。
「少なくとも、臭くはなくなったわい」
「それはそうと、ぼくの服はどこへやったんです?」
私も椅子に腰を下ろした。
「あの服がなくっちゃ、ホテルへ帰ることもできない」
「あんな垢じみた服を着ていたんでは、せっかく風呂に入ってもなんにもならんし、あれを着て、ホテルへなど行けるものかね」
藤村琴は、里美の方を意味ありげにみやった。
「おまえさんの下着や服まで、里美さんが新しいものを用意してくれてある。そのバスローブもそうじゃ。ホテルへ帰るときは、その服を着ていくんじゃ」
「サイズがよくわからなかったものだから、ちゃんと身体に合うかどうかわかりませんけれど……」
里美がポッと顔をあからめた。
「でも、だいたい、志田さんの身体つきに合いそううなものを買ってきてみたんです」
「そいつはありがたい」
私は里美に微笑みかけた。
「なに、あなたが買ってくれたものなら、服の方に自分の身体を合せますよ」
「あたしは、服を買いに行っただけで、お金は藤村さんが出して下さったんですのよ」
里美も私に微笑み返した。
「藤村さんは、あんなことをおっしゃっているけれど、志田さんのことを心配していらっしゃったんですわ」
「ほう、そうですか」
私は老婆にウインクしてみせた。
「じゃあ、さっぱりしたところで、藤村さんに抱きついて、感謝のしるしに、キスでもしますかな」
「気色のわるいことを云うもんじゃない」
藤村琴はにべもなく云った。
「わしはおまえさんなどのことを心配してはおらん。それに、金を出した分は、いずれちゃんと調査費からさっぴくつもりでおるんじゃ。さて、食事の用意ができたそうじゃから、食卓の方へ行くとするか。志田さん、おまえさんの話は、食べながら聞くことにしよう」
四人が食卓につくと、マローカが料理を運んできた。
例によって、シュラスコという焼肉に、シチュウがついている。
濃い紫色のどろりとしたシチュウで、見た眼には、あまりゾッとしないが、味わってみると、すばらしくうまかった。
「これは、フェジョウダと云っての、黒豆の中に、豚とか牛とかの肉や臓物をぶちこんで、よく煮こんだものじゃ」
と老婆が説明してくれた。
「昔は奴隷の食い物だったらしいんじゃが、今では、どこの家庭でも食べるようになった。もちろん、奴隷料理のときよりはずっとぜいたくな材料を使ってあるし、調理法も手がかかっておる」
たとえ、ぜいたくな材料を使ってなくても、調理法に手がかかっていなくとも、留置所の飯を食わされてきた私にとっては、充分だったであろう。
留置所内の生活や食事は、奴隷以下としか思えなかった。
私はシュラスコやフェジョウダをむさぼり食った。
で、このフェジョアーダをおーのくんとつだくんという2人の若いバックパッカーがサンパウロのサンタナ駅近くにある人間の匂いがムンムンするレストラン(Don Romiro)で食べている動画がこちらなんだが……もうね、2人の食いっぷりが、スバラシイ! きっとそれに値する味なんだろう。もちろん、それは現地に行ってこそ味わえるものなんだろうけど……。
ともあれ、ブラジルとの一戦に向けて盛り上がるんなら、フェジョアーダだろうと。幸いなことに、YouTubeにはフェジョアーダの作り方を伝授してくれている動画がいつくも上がっていて(その中には、速水もこみちが、え、これがかつての奴隷料理? と思わせるようなおしゃれなフェジョアーダを作ってみせているものもある。しかし、あまり背が高いというのも困りものだな。もこみちさん、俎板に近づいて細かめな作業をするとき、両足を開いている様子がうかがえる。まるで、キリン……)、それらを見て研究したところ、藤村琴は「これは、フェジョウダと云っての、黒豆の中に、豚とか牛とかの肉や臓物をぶちこんで、よく煮こんだものじゃ」と言っているし、おーのくんとつだくんが食べているのも明らかに黒豆(ポルトガル語だとfeijão pretoと言うらしいが、日本で言うところの黒インゲン豆に相当するらしい)を使ったものだが、最近ではカリオカ豆という白い豆を使うことが多くなっているようだ。なんでもカリオカ豆というのは「今から20年ほど前に南米で発見された新種の豆」だとかで「黒いんげん豆で作る南米料理のフェジョンなども、最近はこのカリオカ豆を使うことが多い」とされている(ソースはこちら)。実際、高岡市中曽根にあるコンビニヤというブラジルの食材と雑貨を扱う店(高岡市は、アルミ、化学、パルプ工業が基幹産業となっており、1990年の入管法改正により日系ブラジル人の就労制限のない「定住者」としての受け入れが始まると、多くの日系ブラジル人が高岡市で暮らすようになった。令和6年のデータだと富山県内に暮らすブラジル人は2,411人に上るそうだが、その約半数に当たる1,168人が高岡市で暮らしている。そのため、高岡市には他にもこの種の店がある。となると、明日、高岡市は大変なことになるだろうなあ……)を紹介したこちらの記事でも「ブラジルの食卓には欠かせない豆(フェイジョン)」として紹介されているのはカリオカ豆。だから、ここは迷うところではあるんだけれど……カリオカ豆なんて、それこそ、コンビニヤまで行かないと手に入らんだろうし。それに志田司郎が食べたのは黒豆を使った伝統的なフェジョアーダ。で、黒豆ならばわが家の近所でも手に入るだろう……
ということで、買ってきたのは「北海道の光黒大豆」。だから、大豆の一種、ですね。一方、黒インゲン豆は、その名の通り、インゲン豆の一種なので、豆の種類が違う(店頭ではここまでのことは確認できず)。でも、黒けりゃいいんだよ黒けりゃ。所詮、おれが作ろうとしているのは、なんちゃってフェジョアーダ、なんだから(苦笑)。で、あえてレシピは書きませんが(そんな立場ではない。もしちゃんとしたフェジョアーダを作りたいんならYouTubeにいくつも動画が上がっているのでそちらを参考にして下さい)、具材だけは書いておこう。
光黒大豆 200g
ブロックベーコン 150g
超あらびき辛旨チョリソー 4本
タマネギ 1コ
ニンニク 2片
ピーマン 2コ
ローレル 2枚
一つポイントとなるのは、豆は、一晩、水に浸けておく必要があること。だから、今日、食べようと思って、今日、買ってきたんじゃ間に合わないということ。もっとも、ブラックビーンズの水煮になったものがあるようなので、それを使えばこんな手間はかからないのかな(ただし、おれが見た動画ではすべて乾燥豆を使っている。何か理由があるのかどうかはわからないんだが)。まあ、一晩、水に浸けておくというのも、それだけ手間をかけたということで、気分的に上がる要素とはなるでしょう。で、そんな手間もかけた上で、できたのが、↓。

うーん、タビオロジのおーのくんとつだくんがサンパウロで食べたのと相当に印象が異なるんだが……どこが違うんだろう? 湯気、かな? そう言えば、東出昌大のある動画でディレクターの坂上祐生氏がカメラを回しながら言っていましたが「湯気は数字を持っている」。でも、静止画で湯気は表現不可能だしなあ……。ただ、おれはおいしく頂きましたよ。そもそもおれは本物のフェジョアーダを食べたことがないので、物足りないと思う理由もない。単純に、今、口に入れたものがおいしいかどうか。そういう意味では、十分に「おいしかった」と書いておこう。
さて、最後に少しばかりフェジョアーダをめぐる〝独自研究〟を披露するなら……藤村琴はフェジョアーダについて次のように語っている――「昔は奴隷の食い物だったらしいんじゃが、今では、どこの家庭でも食べるようになった」。またタビオロジのおーのくんも件の動画のナレーションで――「フェジョアーダは、ポルトガルからの植民地支配の時代にブラジルにもたらされた料理で、ブラジルで独自の変化を遂げ、ブラジルの国民的な料理となりました。レシピは、豆と香味野菜、そして豚の塩漬け、この3つは欠かせない食材なのですが、それ以外の食材は家庭だと冷蔵庫にあるそのとき余っている食材をなんでもぶち込んで煮込んだり、レストランでもその日までに捌き切れなかった廃棄になる前のさまざまな部位やいろんな種類の肉をぶち込んで煮込んだりすることもあるそうです。このレシピは、植民地時代の奴隷文化の風習の中でポルトガル人が食べない余っている肉を豆と煮込んで食べていた歴史に由来していると言われており、場所によって具材も味もさまざまなフェジョアーダはたくさんのお肉や野菜のうま味とブラジルの歴史が詰まった伝統料理なんです」。どちらもブラジルの「奴隷(文化)」に言及しているわけだけれど、言うならばこれがフェジョアーダをめぐる定説。で、この定説はここに来てチャレンジを受けている。というのも、フェジョアーダがブラジルの奴隷文化に由来するというのは「ブラジルの奴隷制の社会的・文化的関係をロマンチックに描いた現代の民間伝承」という主張が存在するのだ。その根拠として指摘されているのは、ポルトガル人も(フェジョアーダの主要な具材とされる)豚足を食べていたこと。このことは、カミロ・カステロ・ブランコという19世紀にポルトガルで人気を博した作家(なんでも生涯に260冊以上の本を書いたとか。260冊以上ということは、オノレ・ド・バルザックよりも多く、ジョン・クリーシーよりも少ない、ということになる。それにしても、ここでジョン・クリーシーを持ち出すとは。さすがは元ペーパーバック屋……?)のA Brasileira de Prazinsという小説に「彼は子牛肉のような(味のする)自国産のバターや、ポルトガルソーセージ(リングィーサのことか?)に含まれる豚の腰肉、Portuguese tripe(適当な訳語は見当たらず。ただ、tripeとは日本ではミノとかハチノスとか呼ばれている部位のことなので、思いっきり意訳するならば「ポルトガル風のモツ煮込み」という感じかな?)に入った豚足を好んだ」という記載があることによって裏付けられるという(ウィキペディア英語版より)。で、もしそうならば、ウィキペディア日本語版に書かれている「農場主らのために豚の上質な肉を取った残りの部分(主に内臓、そして耳や鼻、足、しっぽなど)や豆などを加えた」というのは、説得力を欠く、ということになる。ただ、ポルトガル人の農場主が豚足を好んで食べたのかとなると、ちょっと疑問も覚えるな。食べたとしても、いわゆる〝悪食〟というやつで、支配者層が好んで食べたのは、やはり「上質な肉」でしょう。おれとしては、農場主が「上質な肉」を食べ、使用人(奴隷)が「残りの部分」を食べる、というのは普通にあり得ることだと思うけどな。むしろ、そんな普通にあり得る可能性を否定して、それを「ブラジルの奴隷制の社会的・文化的関係をロマンチックに描いた現代の民間伝承」と言い張ることこそ現代のフォークロア、という気がしないでもないんだが……まあ、2、3、関連する記事を読んだくらいでしたり顔で講釈を垂れるというのもね。
ともあれ、ブラジルの国民食とされる(なんちゃって)フェジョアーダも食べて、気分は整いました。この整った気分のまま、今夜は徹夜だ。もしかしたら、日本とブラジルがワールドカップの決勝トーナメントで対戦するなんて、これが最初で最後かも知れないし(少なくとも、おれがそれを見るのはね)。この幸福な時間をとことん楽しもう……。