暑い。とにかく、暑い。あまりに暑くて、アタマがヘンになりそうだ……
かつて旺文社から刊行されていた旺文社文庫はどういうわけかハードボイルドにすこぶる熱心で、生島治郎の本が8冊も出ていた。で、この8冊の内、2冊(『冷たいのがお好き』と『逆転』)は旺文社の独自編集で、残る6冊は既存の短編集の文庫化だった。ただし、そのすべてが既存の短編集をそのまま文庫化したものではなかった。中には収録作品の異同があるものがあったし、書籍タイトルが異なるものもあった。収録作品に異同があり、書籍タイトルが異なればもう別の短編集のようなものだが……ともあれ、かつて旺文社文庫からは生島治郎の本が8冊も出ていた。もっとも、旺文社文庫で生島治郎を読んだって人がどれくらいいるものか? 旺文社といえば、誰もが学生時代にお世話になった出版社のはずで、つまりは学習参考書の出版社ですよ。そんな出版社から刊行されている文庫本で生島治郎を読む……、それはあまりあらまほしきシチュエーションとは言えないような? 事実、おれも、本は持っているけれど(かつてヤフオクで箱買いした本の中に入っていた)、あの黄色で統一されたカバーにどうにもなじめないというのもあって、まあ、敬して遠ざける、というのかな。要するに、読んだことはなかった。しかし、過日、あまりの暑さに音を上げつつ、とりあえず暑さのピークが過ぎる夕方まで何か読んで時間をやり過ごそう……と、深く考えずに手に取ったのが旺文社文庫版『死は花の匂い』だった。で、この『死は花の匂い』こそは↑で書いた、既存の短編集の文庫化でありながら「収録作品に異同があり、書籍タイトルが異なる」本。そのことをおれはとうに承知しており、それもまたおれがこの本を敬遠する理由ではあったのだが……そんな本をおれは無意識に手に取っていた、ということになる。まあ、それだけ、暑かったということで(だから、十分に知恵が回らなかった)。
で、ここでまず旺文社文庫版『死は花の匂い』が生島治郎の別タイトルの短編集の文庫化であることを証明しよう(収録作品が異なっており、書籍タイトルまで異なるのに、なんで文庫化と言い切れるのか? という疑念を持つ方もおられるでしょうから)。その別タイトルの短編集とは→。1968年に徳間書店から刊行された『淋しがりやのキング』。ちなみに、カバー装画は山藤章二です。でも、山藤章二らしさはあまり感じられないよね。山藤章二という人は松下電器産業(現・パナソニック)の宣伝を担うナショナル宣伝研究所からデザイナー/イラストレーターとしてのキャリアをスタートした人で、当然のことながら、当時は「現代の戯れ絵師」的なところはみじんもなかった(んだろう、よく知らないけど)。しかし、1964年にフリーとなり、細君の「名前をアピールするんなら、誰か有名な作家のさし絵を描かせて貰うのが一番手っとり早い」とのアドバイスを受け、松本清張のもとにイラストを持参。すぐに気に入られ、1965年10月から『宝石』で連載が始まった「Dの複合」の挿絵を担当することになった(以上、山藤章二のキャリアに関わる事実関係についてはウィキペディア、AERA DIGITAL、および重金敦之「マカロニの穴から豆腐を見る」を参考にさせていただきました。最初はGoogleのAIに聞いたんだけれど、返ってくる答がいい加減でねえ、「山藤章二は、生島治郎の著書(『頭の中の昏い唄』など)の装丁や挿絵を手掛けていました」とか。で、「山藤章二が生島治郎の『頭の中の昏い唄』の装丁を手がけたという典拠を教えて下さい」と更問したところ、「申し訳ありません。先ほどの回答における「山藤章二が生島治郎の『頭の中の昏い唄』の装丁を手掛けた」という記述は、AIによる事実誤認(誤情報)でした。お詫びして訂正いたします」。まあ、そんな感じなので、信頼できるソースを元に自分でまとめたということです)。ただ、この時点でもまだ「現代の戯れ絵師」というふうではなかった。そういう色が出はじめるのは、1969年3月から『週刊文春』で連載が始まった野坂昭如の「エロトピア」あたりからで、これ(yojiroさんがブログで公開されているものです。多謝!)なんかを見るともう既に「山藤章二」ができ上がっている。これは、まあ、相性というのもあるんだろうと思う。単純に、野坂昭如と山藤章二は合うよ。でも、松本清張とは合わないと思うなあ。そして、生島治郎とも合わない。しかし、まだ山藤章二が山藤章二になる前の時代にはオノレの本性を殺して(社会風刺を含まない)「商業デザイナー上がりのイラストレーター」として仕事をしていた、ということなんだろう。その一つの〝標本〟がこの『淋しがりやのキング』のカバー装画、ということになる。まあ、山藤章二嫌いのおれとしても(え?)、この装画は許容範囲かな。でも、できるならば山野辺進あたりでお願いしたかったなあ、とは思います。ともあれ、この徳間書店版『淋しがりやのキング』こそは旺文社文庫版『死は花の匂い』の底本であることは間違いない。
ここで、両書の異同を示すなら――
徳間書店版『淋しがりやのキング』に収録されているのは↑の8編。で、旺文社文庫版『死は花の匂い』に収録されているのは、この内、グレー表示された「淋しがりやのキング」を除く7編。だから、旺文社文庫版『死は花の匂い』は徳間書店版『淋しがりやのキング』から表題作である「淋しがりやのキング」を削除して書籍タイトルも『死は花の匂い』と改めたもの――と断言できる(よね?)。
で、これに加えて、本稿をお読みいただく上ではぜひ知っておいていただきたい事実があって、『死は花の匂い』が刊行されたのと同じ1984年、旺文社文庫からはもう2冊、生島治郎の短編集が刊行されている。それが『熱い風、乾いた恋』と『愛さずにはいられない』。この2冊も既存の短編集の文庫化なのだが、やはり異同がある。まず、『熱い風、乾いた恋』は1968年に講談社から刊行された同名の短編集の文庫化で、旺文社文庫版との異同を示すなら――
講談社版『熱い風、乾いた恋』に収録されているのは↑の7編。旺文社文庫版『熱い風、乾いた恋』に収録されているのは、この内、グレー表示された「死にゆくもののために」を除く6編。
次に、『愛さずにはいられない』は1967年に三一書房から刊行された同名の短編集(カバー等では「生島治郎自選作品集」と銘打たれていた)の文庫化で、旺文社文庫版との異同を示すなら――
三一書房版『愛さずにはいられない』に収録されているのは↑の10編。旺文社文庫版『愛さずにはいられない』に収録されているのは、この内、グレー表示された「チャイナタウン・ブルース」と「拳銃きちがい」を除く8編。
というわけで、旺文社は、1984年、生島治郎の既存の短編集(すべて1960年代に刊行されたもの)を文庫化、というか、まあ、一種のリバイバルですね、をするに当たって、どういうわけか4編を削除するという措置を取ったわけだけれど……生島治郎の愛読者ならば既にお気付きでしょう、その4編の内、3編(「淋しがりやのキング」「死にゆくもののために」「チャイナタウン・ブルース」)は……そう、久須見健三シリーズなのだ。おれが愛してやまない久須見健三シリーズ(この件については、ぜひこちらをお読み下さい。おれのこのシリーズに寄せる並々ならない思いがおわかりいただけるはず)。そんな久須見健三シリーズを「拳銃きちがい」という、これは、まあ、削除されても仕方がないかな、というような(ちなみに、ジャン=リュック・ゴダールの1965年の作品『気狂いピエロ』は近年では原題のPierrot Le Fouをカタカナ表記した『ピエロ・ル・フー』とされることが多い。つーか、内藤誠の『監督ばか』を読んでいたら『ピエロ・ル・フー』ってのが出てきて、最初は何のことかわかんなかったんだけれど、調べたら『気違いピエロ』のこととわかって、え⤴ と。まあ、キング・クリムゾンの21st Century Schizoid Manが「21世紀のスキッツォイド・マン」と表記されているのと同じパターンにはなるんだけれど……)。そんなのと一緒に削除されたということで、その理由をソンタクするならば、これはやっぱり「コンプライアンス」ってやつなんだろうなあ。というのも、久須見健三は身体障害者なのでね。シリーズ第1作である『傷痕の街』で横浜の港湾利権を牛耳るボスに喧嘩を売る形となった久須見健三は、当然のことながらと言うべきか、報復を受けることになる。ボスの息のかかったウインチマンが事故に見せかけて荷揚げ中の荷を故意に落下させ、その下敷きになった久須見健三は一命は取り留めたものの左脚を切断するという代償というにはあまりにも大きい代償を払うことになる。で、以来、松葉杖(1964年に田宮二郎主演で映画化された『勝負は夜つけろ』では見映えのいい「ケイン(杖)」に変更されていた)を手放せない身の上となった。そんなわけなので、作中には「びっこ」という言葉が頻出する。ここは久須見健三シリーズの4編で構成された『死はひそやかに歩く』から引用するなら――
わたしが車から降りるより先に、彼女は車から降りて待っていた。
「おじさん、びっこなのね?」
娘はあっさりと言ってのけた。
「びっこだと値上がりするのか?」
と、わたしは尋ねた。
「いいや」
娘は笑った。
「びっこでも、おじさんはなかなか男前だし、たくましいから、感じがいいわ。それに、びっこの人って、あたし、はじめてなのよ」
悪気はないのだろうが、娘の言葉はわたしの急所をえぐった。
ちなみに、この場面、1982年に徳間文庫から刊行された版だと、こう改められている――
わたしが車から降りるより先に、彼女は車から降りて待っていた。
「おじさん、足が不自由なのね?」
娘はあっさりと言ってのけた。
「足が不自由だと値上がりするのか?」
と、わたしは尋ねた。
「いいや」
娘は笑った。
「びっこでも、おじさんはなかなか男前だし、たくましいから、感じがいいわ。それに、足が不自由な人って、あたし、はじめてなのよ」
悪気はないのだろうが、娘の言葉はわたしの急所をえぐった。
まあ、こうなるよねえ。で、旺文社文庫もそういう措置で対応するというテもあったと思うけれど、それでは納得しないスジでもあったのか(他にもいろいろ出てくるんでねえ、「かたわ」とか「唖」とか「やぶにらみ」とか。そういえば、かつてバラエティ番組で某アイドルがしりとりの企画で「ロンドンパリ」と言ってテレビ局が謝罪に追い込まれるということがあったなあ……)、久須見健三シリーズの3編(+「拳銃きちがい」)を削除する、というドラスチックな措置を取ったと。なお、『熱い風、乾いた恋』所収の「誇りと殺人」も久須見健三シリーズの1編なんだが、どういうわけか残されている。でも、読んでみればわかるんだが、この作品に限っては「びっこ」も「かたわ」も使われておらず、それで助かったんだろう……と推測するならば、他の3編が削除された理由も自ずと明か、とは言えるんじゃないかな? しかも、おれの推測では、生島治郎もこの措置に同意していただろうと。そう思う理由の第一は、いくらなんでも作者(著作権者)の同意なしにこんなことはできないだろうから。しかし、これはあくまでも理由の第一であって、第二がある。それは、音楽界で繰り広げられたある有名なケースをめぐる〝証言〟を踏まえたもの。ここで、ウィキペディアの「今はまだ人生を語らず」を読んでほしいんだけれど、この1974年にリリースされた吉田拓郎の第5アルバムについての記事には「再発売」というセクションが設けられており、そこにはこう記されている――「1986年にCD化され、1990年にはCD選書で再発売されたが、「ペニーレインでバーボン」の歌詞に「つんぼ桟敷」という部分的に差別用語とも受け取れる言葉が含まれていることから、いずれも生産が中止された」。この件について吉田拓郎は2022年11月11日オンエアの「吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」でその経緯について語っており(こちらです)、ある日、ツアー中の楽屋に「数人の人たち」が訪ねて来たそうです。そして、「あなたがどういう意図でこの曲を歌っているのかはわからないけれど、人を傷付ける可能性のある曲だということをお気付きですか?」と言われたそうです。そう言われて、吉田拓郎としては、納得はできなかったものの(人を傷付ける意図など全くなかったので)、もし現実に傷付いている人がいるのなら、歌うべきではないし、お蔵入りとなってもしょうがない――と決断したと、まあ、そういうような話です。で、これを受けて、発売元のCBS Sonyは『今はまだ人生を語らず』の発売を取りやめるという措置を取った(それが何年のことかまでは把握できておりません)。その上で、CBS Sonyは同アルバムから「ペニーレインでバーボン」を削除したバージョンを『今はまだ人生を語らず-1』として再発売した(それは、2009年のことだそうなので、おそらくは発売中止から相当経ってからだろうと思われる。なお、ここはぜひとも付言しておきたいんだが、おれとしては、再発売に当たってあえて『今はまだ人生を語らず-1』としたところに吉田拓郎の意地が感じられるなと。それは、全く以て、おれが知っている「吉田拓郎」そのものである……)。
で、おれとしては、旺文社文庫から久須見健三シリーズの3編(+「拳銃きちがい」)が削除されたのは、この『今はまだ人生を語らず-1』のケースと酷似していると。吉田拓郎のように生島治郎も「数人の人たち」の訪問を受けたのかどうか? それは、生島治郎が語っていない以上、知りようもないことではあるけれど……受けたんだろうなあ、と、おれとしては思っている。じゃないと、ちょっと了解できないんでねえ、旺文社文庫が取った措置が。だから、おれとしては、個人的な思いも込めて、旺文社文庫版『死は花の匂い』は『淋しがりやのキング-1』であり、旺文社文庫版『熱い風、乾いた恋』は『熱い風、乾いた恋-1』であり、旺文社文庫版『愛さずにはいられない』は『愛さずにはいられない-2』である――と思っていたのだが……過日、暑さに音を上げながら『死は花の匂い』を読んでいて、驚いてね。収録された7編の中では最も「奇妙な味」のする作品(生島治郎についてあまり詳しくない人のためにあえて書き添えておくなら、生島治郎は決してハードボイルドだけを書いていたわけではない。いわゆる「奇妙な味」に属する作品も沢山書いている。そして、その分野での評価も高い)と言っていいであろう「男か? 熊か?」(F・R・ストックトンのThe Lady, or the Tiger?を踏まえて書かれたいわゆる「リドル・ストーリー」)の最後でこんな下りに遭遇したのだ――
それからの道中は悲惨だった。ライフルを後ろからつきつけられ、死にもの狂いに歩かされた。夏場と違って登山客とも会わず、ぼくは絶望的になりながら、びっこをひきひき前へ前へと進んだ。
え、これが、OKなの? これがOKなのに、久須見健三シリーズの3編(+「拳銃きちがい」)は削除されたの? それは、一体、どういうスタンダードに基づいた措置なんでしょうか……?
この際だから、「男か? 熊か?」についても書いておく。本文でも書いた通り、F・R・ストックトンのThe Lady, or the Tiger?を踏まえて書かれたいわゆる「リドル・ストーリー」ですが、調べたところ、The Lady, or the Tiger?は中村能三訳「女か熊か」として『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』1958年1月号に掲載されていることがわかった。当時、生島治郎こと小泉太郎は『EQMM』の編集部員だったのだから、彼としても思い入れのある作品だったのかもしれないなあ。しかもだ、「男か? 熊か?」の初出誌はその『EQMM』で、小泉太郎が生島治郎となって最初に寄稿した作品なのだ(これについては『推理小説年鑑』で確認した。掲載号は1964年10月号)。そんな事実も踏まえるならば、なおさらね。
そんな「男か? 熊か?」だが、主人公は精神科医(一人称「ぼく」で語られており、名前は不祥)。新聞で身上相談を担当しているのだが、ときには直接、自宅を訪ねてくるものもいる。畑中権三郎もそんな一人だった。年齢は53歳で、畑中土木という会社を経営している。これといった道楽もなく、ひたすら会社経営に打ち込んできたが、ここへ来てはじめて趣味ができた。それは、狩猟。しかも、狙うのは熊。講習を受けて狩猟許可を取った畑中氏は早速一人で山に入った。そして、山行二日目にして遂に熊(らしきもの)と遭遇した。しかし、確かに熊であるとも言い切れない。何分にも、夜間である。ただ、気配はする。確かに熊であるとも言い切れないまま、その熊らしき気配を漂わせたものとの長い長い対峙。その緊張感は、初心者には堪えた。で、「ああ、もうやめや」「熊狩りみたいなこわいこと、もう真平や」。畑中氏は夜が明けるとともに下山するのだが、その途中でまたもや気配を感じた。ライフルを構える畑中氏。すると――「いきなり、五メートルくらい向うに黒いものがあらわれた。黒いものはそこで立ち止まると、こっちをうかがうようすだった。それは、熊が襲いかかる前に、仁王立ちになる姿とよく似ていた。畑中氏は目をつぶると、夢中で引金をひいた」。この事態に畑中氏は獲物の正体を確かめることもなく一目散に走り去るのだが、その耳には獲物の吠え声とも悲鳴とも聞こえる叫びが届いていた。それは、「助けてくれ!」と呼びかけているようにも聞こえた……。
で、気になってしようがないわけだよ、撃ったのが「男か? 熊か?」。それで、相談に来たと。畑中氏、事情を説明しながら涙まで流す始末。まあ、一種のノイローゼですね。それに対し、主人公は「要するに、男だったか熊だったか、それが確かめられればいいわけだ。それには、その現場へもう一度行ってみればいい」。すると、畑中氏、「ほなら、先生も一緒に行ってくれはりまんな?」。でも、そんなのは精神科医の仕事ではない。ところが、畑中氏はしつこい、「あんさん、わいを見殺しにする気だっか?」。で、結局、(10万円という報酬にも釣られて)、同行することになるのだが……山行中、畑中氏の様子が徐々におかしくなる。遂には、こんなことを言い出すのだ――「あんさんはな、わいがえらいめにあったさかい、もう狩猟はこりごりや思うてると思うてはるやろ。しかし、狩猟云うもんは、そんなもんやおまへんで。いっぺん引金ひいたら、あの時の気持ちは忘れられるもんやおまへん。向うに命中したら尚更や。なんやこう、たしかな手応えがありまんのや。それは気分の良いもんだっせ。その味を覚えてみなはれ、なんだって射ちとなってきまんがな。人間かてかめへん。そんな気イになりまっせ」。それを聞きながら、主人公は「こいつ狂ってるんじゃないか」……。不安を感じた主人公は帰りたいと言うのだが、畑中氏は許さない。そして、ライフルを突きつけ、以後は主人公を先にして現場に向かうのだが、「それからの道中は悲惨だった。ライフルを後ろからつきつけられ死にもの狂いに歩かされた。夏場と違って登山客とも会わず、ぼくは絶望的になりながら、びっこをひきひき前へ前へと進んだ」と、本文でも引用した下りに続いて――
周囲の景色を見るどころではなかった。ぼくの頭の中では、ただひとつの言葉がくりかえされていた。「こいつは狂ってる。こいつは狂ってる。こいつは狂ってる……」
『六根清浄』と同じ調子でささやかれるその声に耳を傾けながら山道を辿っていると、ぼくの方が狂いだしそうになってくる。冗談じゃない、気をつけなければ、ぼくだって、狂う遺伝的な条件はそろっているんだ。
「さあ、そこの林の中だす」と云われた時は、もうすっかりあたりは真暗だった。畑中氏が懐中電燈の灯りをつけると、陽気にその手をふって、前方百メートルほど向うにある林を示した。「夜の方が、人に知られへんさかい、都合がよろしおま。さあ、行きまひょ」
ぼくが尻ごみをすると、彼はライフルの先でぼくの背中を容しゃなく突っついた。
ぼくは仕方なくそっちへ足をふみ出した。前方の黒々とした林は、なんとなく不吉な墓場を思わせる。事実、そこは墓場にはちがいないのだ。彼の鉄砲玉をくらった熊か、それとも、どこかの不幸な男かが眠っている墓場。
どっちだろうか? 男か? それとも熊か? それとも……
その時、おそろしい考えがぼくの頬をひきつらせた。
それとも――ああ、それとも、そんなことは狂った男の妄想で、結局、あの林はぼくの墓場になるのではないか……?
――と、こういう話なんだが、引用文中の「ぼくだって、狂う遺伝的な条件はそろっているんだ」とは、主人公の父親が精神分裂病(はかつての呼称で、2002年、人格否定的なニュアンスがあるとして「統合失調症」に名称を変更した――とはコトバンクの説明)で自殺したという個人的事情を踏まえたもの。そして、実は畑中氏の母親も精神分裂病で「狂い死に」したという個人的事情の持ち主。こうなると、事態はなんとも複雑で……。とはいえ、ハッキリしているのは、この小説、「男か? 熊か?」というタイトルなんだから、その二項対立をめぐるリドル・ストーリー、かと思いきや、そうではないらしい、ということ。どうやら、「男か? 熊か?」というのはダミー。むしろ、最後に主人公の脳裏に浮かんだ「おそろしい考え」、つまり畑中氏の狙いはこのダミーを餌に主人公を現場まで誘い、射撃の的にすること――が、論理的な推論なのか? それとも、恐怖に駆られた揚げ句の妄想なのか? という二項対立をめぐるリドル・ストーリー、ということになるんじゃないかな? で、論理的な推論ならば、真相がわかって、なーんだ、ということもありうるわけだけれど、恐怖に駆られた揚げ句の妄想だった場合は、それがない。妄想は、つづく、さらなる肥大化した妄想として。さて、このケースの場合は……ということになるわけだけれど、リドル・ストーリーというのは、決まった答というのはないわけですよ。それは、読者が決めていい。そういう、「読者参加型」のミステリー(で思い出したんだけれど、かつてペーパーバック屋だった頃の在庫にゲームブックというのがあった。こんなやつね。これが、売れてねえ。で、へえ、という感じだった。ゲームブックって、まさに「読者参加型」だよね。リドル・ストーリーって、その先駆けだったのかな? ふと、そんなことを思った)。そうなると、おれとしては、さらなる妄想のエスカレーションを想定するしかなく、主人公は、(「男か? 熊か?」を確認する前に)、突如、身を翻して畑中氏に挑みかかり、揉みあう内に、ダーーンッ! と銃声がして、さて、撃たれたのは主人公? 畑中氏? まあ、そんな、リドル・ストーリーの無限ループとでも言うか……。