DMM TVで『孤狼の血 LEVEL2』を見た。もうね、前作に輪をかけて、というのか……ちょっと言葉が見つからんな。で、松坂桃李はものすごーく頑張っているとは思うんだが……どう頑張ったところで松坂桃李にはあの役はムリだよ。『狐狼の血』はともかく、『孤狼の血 LEVEL2』の日岡秀一は松坂桃李が演るべき役ではない。そもそも、トップコート(松坂桃李の所属事務所)は松坂桃李をどういう俳優に育てたいと思っているのだろう。『不能犯』の宇相吹正にしても『娼年』のに森中領にしても松坂桃李が演るような役か? その揚げ句が『孤狼の血 LEVEL2』の日岡秀一。すべてミスキャスト。それは作品にとっても俳優にとっても不幸なことだよ。その点、小栗忠順は適役だ。あの才槌頭は小栗にそっくりだもの(?)。
ところで、『孤狼の血』も『孤狼の血 LEVEL2』も柚月裕子の同名小説の映画化ですが(ただし『孤狼の血 LEVEL2』は原作シリーズでは第2作となる『凶犬の眼』の映画化ではなく、池上純哉による完全オリジナル。しかし、クレジットでは「原作 柚月裕子「孤狼の血」シリーズ(角川文庫/KADOKAWA刊)」とされている。これね、ちょっと問題があると思うけどね。ただ、柚月裕子がそれでいいのならおれなんかがとやかく言う筋合いではない。ちなみに柚月裕子は『孤狼の血 LEVEL2』にクラブのママ役で出演している。横溝正史とか高木彬光とか、その道の先達の跡を追おうというコンタンなのかな?)、それとよーく似たタイトルの小説がある。志茂田景樹が1982年に上梓した『孤狼の牙』がそれ。実在のヤクザ・菅谷政雄をモデルとする実録小説で、実録小説タッチで紡がれた『孤狼の血』シリーズとは流れているものが同じと言っていいかも知れない。また柚月裕子は終戦直後の広島を舞台にしようと考えていたそうだが、それでは歴史小説になってしまうという編集者の進言(苦言?)で暴対法施行直前の1988年の呉原市(呉市をモデルとした架空の都市)を舞台とすることになったそうだ(以上、ウィキペディア情報)。で、『孤狼の牙』はその終戦直後から物語が始まるのだ――
――昭和二十年八月十五日の大阪の空は、快晴で、雲ひとつなかった。
この日、日本は連合国に対して、無条件降伏をしたのであった。
梅田の新道にほど近いところに、闇市があった。焼け跡から拾い集めてきた焼け焦げた柱や羽目板やトタン板を使って、細長い掘っ立て小屋がつくられていて、そのなかでこっそりと軍から流れた衣料品や甘味品が売られていたのである。
すでに少し前から敗戦が間近なことを知って、闇取引を取り締まる経済警察はやる気をなくしており、それを鋭敏に悟った闇屋はなかば大っぴらに闇取引を行なっていた。
その闇市もそうした闇屋がはじめたものであった。
闇市というほどの規模ではなかった。ちいさな万屋といった趣である。
その主は、権野であった。
だから、ある意味、柚月裕子が書きたかったものがここにある、と言えないこともない。そう考えるならば『孤狼の血』というタイトルは『孤狼の牙』へのオマージュを含んだもの……と受け止めたい気持ちがムクムクと。実際はどうか知らないけどね。で、そんなおれなりの思い込みも踏み台にしてここは『孤狼の牙』という今ではほとんど読まれることもないであろう実録小説について少しばかり書きたいと思うのだが……この小説、実在のヤクザ・菅谷政雄をモデルとする実録小説ではあるのだが、菅谷政雄は神戸三宮を地盤としており、その配下にはいわゆる「三国人」も多くいたことから「国際ギャング団」とも呼ばれていた(1975年に東映が田中登を招聘して製作した『神戸国際ギャング』はこの「国際ギャング団」がモデルとなっている)。で、『孤狼の牙』にもこの「国際ギャング団」の話は出てくるのだが――「権野一派は、一部の不良進駐軍兵士も協力者にとり込み、他の戦勝国外人もメンバーに多かったことから、国際ギャング団と異名をとるようになった」。ただ、↑の引用文をよく読んでもらえばわかるように、『孤狼の牙』の主人公・権野こと池山松雄が地盤としているのは大阪の梅田。小説のメインとなる舞台も大阪。志茂田景樹はあえて舞台を神戸から大阪に変えたわけだが……多分、山口目三代目の田岡一雄を実名で登場させるのが憚られたからだろう。ウィキペディアの「菅谷政雄」を読んでもらえばわかるように、菅谷政雄は田岡一雄の盃を受けていた。その田岡一雄が、1978年7月11日、京阪三条駅前のナイトクラブ「ベラミ」で山口組に敵対する松田組系愛国団体「大日本正義団」の構成員・鳴海清に狙撃されるといういわゆる「ベラミ事件」が起きている。この事件、『孤狼の牙』でも描かれてはいるのだが――「昭和五十三年夏、大阪ミナミのクラブで田所正雄が狙撃されるという事件が起こった。蒸し暑い夜のことだった」。これも場所を京都三条から大阪ミナミに変えている。「ベラミ事件」はあの東映でさえ手を出すのを控えた事件(1979年に東映が製作した『総長の首』は当初は「ベラミ事件」の映画化を企図したものだったとされる。しかし、監督オファーを受けた中島貞夫は「ベラミ事件」をやる以上、実行犯である鳴海清側からの話にしないと面白くないと考えた。ただ、そうなると「山口組との関係から、まともにやれば命の危険がある」(ウィキペディア「総長の首」より)として頓挫。その後、神波史男が時代を大正時代に変更して大正ロマンが濃厚に匂い立つ全く異質の映画に作り替えられたという経緯がある。それほど「ベラミ事件」というのはヤバイ案件だった)。だから、志茂田景樹としても「ベラミ事件」を事実に即して描くことは控えるべきという判断だったのだろう。で、舞台ごと神戸から大阪に移してしまったと。ただ、舞台を大阪に移したことは決して失敗ではない。むしろ、おれは剥き出しになった人間のバイタリティを描くという意味では大阪の方が向いているのでは? という気さえする。たとえば、こんな場面なんて、そこが大阪だと思えば何の違和感もなく受け容れられるはず――
権野は、加藤のほか、いずれも腕っぷしの強い子分を五人ほど連れて、ミナミからきた朝鮮人グループが暴れている現場へ駆けつけた。
彼らは、権野たちを見て仰天した。
権野の子分のうちふたりは、旧陸軍の軽機関銃を抱えており、その銃口が自分たちに向けられていることに気づいたからである。
その軽機関銃は壊れており、実弾を撃てる状態にはなかったが、彼らの心胆を震えあがらせるにはじゅうぶんのしろものであった。
「動くなよ。動くと風穴があくがな」
権野は、薄笑いを浮かべながら、頭株と目星をつけた男に近づくと、いきなりその股間を蹴りあげた。その男は、怪鳥じみたうめき声を洩らしながら倒れた。
それを合図のように、権野一派はグループに襲いかかった。勝負はあっというまについて、男たちは地に這いつくばっているものがいたり、負け犬のように逃げだしてしまった。
「――こいつは雑炊のなかへぶちこんだれ」
権野は、自分が倒した頭株らしい男にあごをしゃくった。
そばに雑炊のドラム缶がある。火は落としてあったが、まだ中身の雑炊は煮たっていた。
権野の子分のふたりがその男をかつぎあげて、ドラム缶のなかへ放りこんだ。
すさまじい絶叫があがった。
「おれの縄張に手を出すと、こうなるんや。ようおぼえとき」
権野は、まわりを見渡して言った。
いつの場合でもかっこうをつける権野は、進駐軍の横流し品である皮ジャンパーの襟を立てて見せるのをわすれなかった。
1945年12月ころ(小説には季節の指定はないんだが、ドラム缶で雑炊を煮立てている姿が絵になるのはやっぱり冬だろう)、大阪の梅田界隈で本当にこんなことがあったとしても少しも不自然ではないだろう。ちなみに、おれはこのシーンは映画版『孤狼の血』シリーズで見せつけられた数々の暴力シーンと似ているようで全然違うと思う。おれが読むところでは↑は暴力シーンのようで暴力シーンではないと思う。むしろ、戦後の闇市という祝祭空間で繰り広げられたカーニバルのようなもの。おれが映画版『孤狼の血』シリーズで見せつけられた数々の暴力シーンからはついぞ嗅ぎ取ることができなかった「人間臭」がここには感じられる。そして、それは柚月裕子が夢中になったという『仁義なき戦い』シリーズからも感じられたものなのだが……そうしたものが、一切、感じられない映画版『孤狼の血』シリーズとは実態としてはホラー映画に近いのでは? 血しぶき飛び散るスプラッターホラー。バイオレンスも度を過ぎるとそうなってしまうということ。作っている側がそのことに気がついているかは知らないけれど……。
さて、こうして梅田界隈でその存在を知られるようになった権野一派はやがて大正以来の博徒である大西組の縄張りにも手を出すようになる。大西組は昭和の初期には100人を超える組員を抱える大所帯だったが、終戦直後にはおおかた四散し、10人前後がやっと息をついているという衰退ぶりだった。だから、権野一派に縄張りを荒されても抵抗できないはず――だった。ところが、大西組の下部組織である谷口組に一人の若衆がいた。「赤熊」の異名をとる剽悍な若衆で、その名を田所正雄と言った。この田所正雄こそは『孤狼の牙』という小説世界に転生した田岡一雄で、その田岡一雄≒田所正雄が権野一派の事務所(は松島遊廓の検番に置かれているという設定)に乗り込んでくるという場面がある。このときの〝両雄〟の対決がなかなかでね。
権野は、拳銃を構えながら、ふたりの前に出ると、とり囲んでいる者たちをにらみわたしてから振りかえった。
「谷口組の田所はんとちがいまっしゃろか」
ていねいなことばだった。
「そや、わいは田所やが、あんたかいな、ゴンノ言うのは?」
田所と名乗った男は、権野を呼びすてにした。
権野は、苦笑しながら、
「権野です。うちの者がなにかしでかしましたか?」
と訊いた。
「しでかしたも糞もないわ。やりたいほうだいやないか。堅気衆は泣いてるがな。ま、きょうはうちの者が筋の通らんことで怪我をさせられたんできた。愚連隊、鼻つまみ者のやったことで、極道でないと言ってはすまされんのや。極道を甘くみると、どうなるか知ってもらいたくてきた」
「そうでっか」
「ゴンノゴンノと、近ごろ、あんたは名を売ってるようやが、日本人ならもっとええ売り方をせえや。さあ、うちの者を怪我させた三人を出してもらおやないか」
田所は、ドスを逆刃にして構えた。
権野が発砲したら、すかさずその切っ先を権野の胸に突き刺してあい打ちになろうという腹づもりのようである。
このとき、数で言えば権野の方が勝っている。しかも、権野は銃で武装しているわけだから。そこにたった2人で乗り込んできたのが田所で、ほとんど死にに来たようなもの。その田所の覚悟を権野も悟っていて、結局、このときは権野も子分たちを抑え、田所も「顔はおぼえたんや。どこへ逃げよってもわかるわ。きょうのところは、これでひきあげよやないか」と大人しく引き下がるのだが、「親分、なぜ殺(や)れ言わはらなかったんだす」と不満を露にする子分に――「おまえ、極道のこわさをようおぼえとき。やつらは、命を捨ててきたんや。命をとることはできたろうが、こっちも無事にはすまんやったぞ。極道は極道のあつかい方であつかわなあかん」。この時点で権野はいかなる親分の盃も受けていないので、極道ではなく、ただの愚連隊ということになる。そして、この出会いが権野をして極道への憧れを抱かせることになった……。
そんな権野こと池山松雄が谷口組の三代目を襲名した田所正雄の盃を受けるのは1959年のこと。そして、正真正銘の極道となった権野は一時は「四代目は権野はんや」と組の内外で噂されるまでにのし上がって行くのだが、最終的にはライバルである高本健三(山健組組長・山本健一をモデルとした人物)に敗れ、組からも破門されることになる。小説では、こうした権野の後半生は最終章の「失意の階段」で駆け足で描かれるだけでメインテーマにはなっていない。志茂田景樹が描きたかったのは、戦後の闇市から勃興して一時は「翼下に八十二団体を抱え、総構成員千七百人にあまる」までに急成長を遂げる一極道の出世譚であり、日本戦後史の影のサクセスストーリー、ということになるだろうか。ただ、その分、菅谷政雄が市民社会からはみ出しているばかりではなく、山口組という極道組織からも絶縁処分を喰らうような異端児であった印象は薄らいでおり、『孤狼の牙』というタイトルが宙に浮いているような嫌いもないではない。このあたりがこの小説の弱点かも知れないなあ。ただ、そうではあってもこの小説が日本の戦後の歩みを裏面から描いてただのヤクザ小説以上のものになっているのは間違いない。かつておれはこの人が書いた『極道の河』を「ただのヤクザ小説を超えた人間ドラマにまで昇華されていると言っていい」と書いたんだが(こちらです)、それは本作にも当てはまる。もう新書版、文庫版とも絶版となって久しく、読む人もほとんどいないであろう小説ではあるけれど、ここは、だからこそ、の思いを込めて、読んで損はない、と大いにプッシュしておこう。
以上、要介護5と認定され、さぞや辛い境遇にあるだろう作家へのせめてものエールとして。